米大学に浸透する「孔子学院」、中国プロパガンダ工作に警戒感

 中国政府は自国の文化を国際社会に広める「ソフトパワー」戦略の柱として、海外の大学に中国語や中国文化を教える「孔子学院」を積極的に設立している。これに対し、米国大学教授協会は先月、「孔子学院は中国政府の一支部で、学問の自由が無視されている」として、同学院を設置する約100の大学に対し、提携内容を見直すか、閉鎖するよう求めた。中国政府のプロパガンダ機関による教育現場への介入に懸念が広がり始めている。(ワシントン・早川俊行)

脅かされる言論・学問の自由

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2011年1月、米シカゴの公立高校に設置されている「孔子学院」を訪問した中国の胡錦濤国家主席(当時)(UPI)

 孔子学院は2004年にソウルに初めて設立されて以来、昨年末までに日本を含め世界120カ国・地域で440校が開校。高校生以下を対象にした「孔子課堂」も646カ所設置された。わずか10年足らずで驚異的な拡大ペースだ。

 中でも、孔子学院・課堂が最も多く開設されているのが米国。孔子学院が急増する背景には、中国政府の手厚い支援がある。同学院を設置する教育機関には、多額の資金援助ほか、教員、教材、カリキュラムが無償提供される。至れり尽くせりの支援で人気の高い中国語講座を設けられるとあって、教育機関に魅力的に映るのは当然のことだ。

 孔子学院は5月、6000以上の教育機関から構成される米非営利組織「カレッジボード」との協力で、年内に孔子学院・課堂を新たに20カ所設置すると発表した。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、カレッジボードのデービッド・コールマン会長は、「漢弁(ハンバン)」と呼ばれる孔子学院の運営母体を「太陽のようだ」と絶賛。同会長はカレッジボードを「月」に例え、「漢弁からの光を反射できるのは光栄だ」とまで言い放ったという。

 ブリティッシュ・カウンシルなど、外国の文化交流機関は他にもあるが、孔子学院が決定的に異なるのは、大学のキャンパス内に設置され、その運営は中国政府の監督下に置かれていることだ。

 漢弁は教育省の傘下だが、劉延東副首相が主宰し、外務省など12の機関の代表者から成る会議が統括している。2009年、李長春政治局常務委員(当時)は「孔子学院は海外プロパガンダの重要な一部」と明言した。

 マーシャル・サーリンズ・シカゴ大学名誉教授は昨年、米誌ネーションに発表した論文で、大学と孔子学院が交わす一般的な契約には、孔子学院の活動は設置国のみならず、中国の慣習や法律に従うことを求める条項が含まれていることを問題視。「漢弁は、米憲法で保障された政治的言論や信仰を犯罪とみなす中国の法律の下で活動している。米国の大学はこの条項を守ることで、差別的雇用や言論の自由侵害に加担することになる」と指摘した。

 孔子学院を設置している大学では、資金援助を受けている手前、天安門事件や人権侵害など中国政府が嫌がる問題については触れない「自己検閲」を余儀なくされているという。

 マイアミ大学のジューン・トイフェル・ドレイヤー教授は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、「禁止されたテーマが山ほどある。(チベット仏教最高指導者)ダライ・ラマのことを議論したり、大学に招待してはならないと言われている。チベット、台湾、中国の軍拡、中国指導部の派閥抗争も触れてはならないテーマだ」と述べ、言論・学問の自由が脅かされている状況を明らかにした。

 ノースカロライナ州立大は09年、予定されていたダライ・ラマの訪問をキャンセルした。大学側は受け入れ態勢の不備を理由に挙げたが、ウォーウィック・アーデン学務担当副総長は「影響があるかどうか考えなかったとは言いたくない。中国はノースカロライナ州の主要貿易相手だ」と、対中配慮があったことを認めている。

 孔子学院をめぐり騒動が起きたのはカナダだ。ウォータールー大学では08年、同大の孔子学院院長を務める元新華社通信記者の中国人女性が、中国当局のチベット弾圧を批判するカナダメディアに対し、学生を動員して抗議活動を繰り広げた。

 また、マクマスター大学では12年、中国から派遣された女性教員が大学を相手取り、人権裁判所に苦情を申し立てた。女性は中国で非合法化された気功集団「法輪功」の信者だったが、孔子学院との雇用契約には法輪功の一員になるのを禁ずる条項があったため、カナダでも信仰を隠して働くことを強いられた。女性は大学がこうした差別的雇用を認めたことを訴えたわけだ。この一件を受け、マクマスター大学は孔子学院を閉鎖している。

 カナダではこのほか、マニトバ大学とブリティッシュコロンビア大学が孔子学院開設を拒否している。

 カナダに比べると、孔子学院への警戒感が薄い米国だが、最近、シカゴ大学の教授100人以上が孔子学院の閉鎖を嘆願したほか、米国大学教授協会も閉鎖か提携内容の見直しを要求するなど、反感が広がり始めている。

 スタンフォード大学のような名門大学までも開設するなど、孔子学院は米大学・教育界に深く浸透している。サーリンズ氏は「大学は孔子学院を受け入れることで、外国政府の政治・プロパガンダ活動に関与している」と主張。安易に孔子学院を受け入れる風潮を変えるため、有力大学が率先して提携を解消すべきだと訴えている。