本格化するアジア太平洋地域経済統合

 米国のオバマ政権は、安全保障分野でアジアへのリバランス(再均衡)を進めようとしてきた。それと不可分の関係にあるのが、アジア太平洋地域の経済統合だ。貿易・投資における地域経済統合は、安保協力以上に米国のアジアへの長期的関与を保障することになる。(ワシントン・久保田秀明)

米大統領の権限に不安要素

中国がTPP評価に転換か

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日米欧など先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)は、5日採択
した首脳宣言で、成長の加速と雇用拡大に向けて「開かれた経済」
の重要性を強調、環太平洋連携協定(TPP)交渉や米国と欧州連
合(EU)による自由貿易協定(FTA)交渉などについて「可能
な限り速やかな妥結を目指す」と明記した(AFP=時事)

 国際経済における米国の差し迫った課題は、環太平洋連携協定(TPP)交渉だ。日米を含む12カ国によるTPP交渉は現在、ほぼ8割の合意が達成され、最終段階に差し掛かっている。TPP交渉は、2015年妥結が期待されている。

 アジア太平洋地域で進んでいる経済統合の動きはTPPだけではない。TPPと同じくらい重要なのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドというASEANプラス6で交渉が進められている東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。RCEPは、2012年11月のASEAN関連首脳会議で交渉開始が宣言された。すでにアジア地域で進んでいる生産、サプライチェーンの国際分業をさらに円滑化するための貿易、投資のルール作りを目指す。2015年末までに交渉を完了することが目標になっている。2015年末には、ASEAN内の経済統合の試みであるASEAN経済共同体(AEC)の交渉も完了する見通しだ。米国でもRCEPへの関心が高まっている。

 これらはアジア太平洋地域におけるメガFTA(自由貿易協定)だが、もう一つのメガFTAは日中韓FTAである。2012年11月の日中韓経済貿易大臣会合で交渉開始が宣言され、これまで4回の交渉会合が持たれた。日中韓の間では、領土問題、歴史認識などをめぐり緊張が高まっているが、日中韓FTAによる経済統合の動きが政治、外交面での対立を緩和する効果を生み出すことが期待されている。

400 TPPとRCEPを比較すると、TPPの方がより高水準の貿易・投資の自由化を要求している。またRCEPはTPPと違って開発途上国への特別待遇を認めるため、途上国や企業にとって入りやすい内容だ。このため、アジア太平洋地域の開発途上国は、TPP以上にRCEPに関心がある。世界経済はいまや中国を抜きにしては語れないが、中国はRCEP交渉には参加しているがTPP交渉には参加していない。一方、米国はTPP交渉には参加しているが、RCEPには参加していない。

 アジア太平洋諸国の多くは、世界第2の経済大国である中国を抜きにしたTPPは不完全であり、域内の経済対立のリスクを抱えることになるという見方をしている。中国は1年前までは、TPPは中国の経済的封じ込めを狙うものだといった批判的見方をしていたが、最近は李克強首相の好意的発言もあり、前向きの見方に変化してきている。中国は現在、必要な国内政治・経済改革を進めるうえでTPPは有益と見ている。

 アジア太平洋地域の米中を含む21カ国・地域が参加するアジア太平洋経済協力会議(APEC)は折に触れ、アジア太平洋自由貿易圏(FTTAP)構想に言及してきた。米国を含むアジア太平洋諸国の間では、TPP、RCEPを米中両方を含むアジア太平洋地域全域をカバーするFTTAPに至るプロセスの一部とする考え方が強まっている。FTTAPを地域貿易協定の最終目標として、TPP、RCEPをその中間目標であるとする見方が広まっているわけで、TPP、RCEPは相互補完的なものであり、FTTAP推進に向け相乗効果を発揮しうるものだという展望だ。

 今年から来年にかけては、TPP、RCEP、日中韓FTAなどのメガFTA実現にとって重要な期間となる。米国が欧州連合(EU)と交渉している米EU・FTA、日本がEUと交渉中の日EU・EPA(経済連携協定)も2015年末を交渉完了の目標期限にしている。ただアジア、欧州諸国は、経済統合の要になっている米国の国内政治が交渉の足かせになる可能性を懸念している。それは、米議会がオバマ米大統領に貿易促進権限(TPA)を付与するかどうかという問題だ。TPAなしでは、協定が成立しても米議会が協定の内容を後から修正できることになり、他の交渉相手国は安心して米国と交渉できなくなってしまう。オバマ大統領はTPP交渉完了までにTPAを獲得するとしているが、中間選挙を11月に控えて党派対立が深まっており、TPAの成り行きは予断を許さない。