捕虜交換、政権浮揚の思惑外れる

オバマ・ホワイトハウス、変わらぬ政治優先

 アフガニスタンの反政府勢力タリバンが拘束していた米陸軍軍曹1人の解放と引き換えに、オバマ米政権がタリバン幹部5人を釈放するという不釣り合いな取引に応じたのは、イラク・アフガン戦争「最後の捕虜」の帰還を実現することで、政権浮揚を図る思惑があったとの見方が出ている。外交・安全保障問題で政治判断を優先するのは、政権発足時から続くオバマ・ホワイトハウスの変わらぬ傾向だ。
(ワシントン・早川俊行)

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5月31日、米ホワイトハウスで、アフガニスタンの反政府勢力タリバンに捕らわれていた陸軍軍曹の解放を発表するオバマ大統領。両脇は軍曹の両親(UPI)

 「政治が国益より優先され、ホワイトハウススタッフが安全保障チームの上に立つのは、本当にうんざりだ」――。これは、今年出版されたロバート・ゲーツ元国防長官の回顧録「責務」に出てくる一節だ。

 ゲーツ氏はブッシュ前政権で国防長官に就任し、オバマ政権でも続投したが、回顧録によると、外交・安保問題に政治判断を持ち込むオバマ・ホワイトハウスとたびたび衝突。「ニクソン政権以降、私が見てきた中で、オバマ・ホワイトハウスは群を抜いて安保問題に中央集権的だ」とまで書いている。

 今回の捕虜交換にホワイトハウスがどこまで“政治介入”したか、正確には分からない。それでも、退役軍人病院で患者が長期間診療を受けられず、一部が死亡した不祥事をめぐり、激しい政権批判が出ていただけに、不祥事への注目をそらすために取引を急いだ可能性がある。オバマ氏が軍曹の両親を招き、一緒に記者会見したことからも、政権の実績として誇示する思惑があったのは明らかだ。

 だが、「5対1」という不釣り合いな交換や議会への事前通告を怠ったことに批判が殺到。また、オバマ政権は軍曹を「栄誉と功績をもって国家に尽くした」(スーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官)と称賛したが、軍曹はアフガン駐屯地から脱走して拘束された疑惑が浮上。ホワイトハウスが政権浮揚を期待した捕虜交換は、皮肉にも新たな批判材料になってしまっている。

 政治判断を優先して裏目に出るのは今回が初めてではない。2012年9月に起きたリビア・ベンガジの米領事館襲撃事件は過激派によるテロ攻撃だったが、オバマ政権は当初、反イスラム動画への抗議デモに起因する「自然発生的」(ライス氏)な事件だと説明していた。2カ月後に迫った米大統領選への悪影響を避けようと、ホワイトハウスが事件の矮小(わいしょう)化を画策したとみられている。

 保守系団体の情報公開請求により、ベン・ローズ国家安全保障担当大統領副補佐官が、同年9月14日付の電子メールで、テレビ番組に出演するライス氏(当時国連大使)に対し、事件は「インターネット動画に起因するものであり、政策の失敗ではない」と強調するよう指示していたことが判明。野党共和党は、このメールをホワイトハウスが事件の矮小化を図った「決定的証拠」(リンゼー・グラム上院議員)と主張するなど、発生から2年近くが経過した今も、厳しい追及を続けている。

 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのキンバリー・ストラッセル論説委員は同紙コラムで、本来、政治問題とは無関係であるべき国家安全保障会議(NSC)に、ローズ氏らオバマ氏の側近が加わっていることを問題視。ベンガジ事件について、「ローズ氏には厳しい現実を大統領に助言することに関心はない。彼の唯一の関心事は上司を再選させることだった」と批判した。

 ストラッセル氏は、16年末までのアフガンからの完全撤退やシリア内戦への対応なども、側近グループの政治判断が影響しているとした上で、「オバマワールドにあるのは政治だけだ。だから世界は燃え続ける」と述べ、政治判断の優先が国際情勢を不安定化させているとの見方を示した。