米国がテロとの戦いで岐路に
12年前の米同時多発テロ以来、テロ防衛、安全保障を最優先してきた米国だが、ここにきて大きな岐路に直面している。安全保障か、プライバシーかの選択で、安全保障優先の政策が限界に来つつあるのだ。過去1年近く続いてきた国家安全保障局(NSA)の米国内スパイ活動をめぐる議論は、その限界を示すものと見ていい。
(ワシントン・久保田秀明)
NSA改革案に左右から批判
国民はプライバシー優先志向に
オバマ米大統領は1月17日、ワシントン市内の司法省で記者会見し、NSAなど米政府による電話通信データなどの情報収集活動に関する改革案を公表した。NSAは米国の情報機関の中でも機密性が高い機関で、その活動についての記者会見など大統領としては本来やりたいことではなかっただろう。
NSA元契約業者エドワード・スノーデン氏が昨年春から、NSAの情報収集活動の実態について機密情報を暴露し、NSAが密(ひそ)かに米国民の電話通信を傍受し、そのデータを大量収集したり、ドイツなど同盟国を含む外国の首脳の通話を監視したりしていたことが暴露された。米国民やマスコミ、同盟国からもNSAの活動について批判が相次いだ。オバマ大統領としても、政府の国内外での信頼性を維持するために、行動を起こさざるを得なかったのだ。
オバマ大統領は、NSAが現在実施している電話通信データの収集、保管は政府外の組織に移管し、政府がデータを利用する際には外国情報活動監視法(FISA)により設置された秘密裁判所の承認を必要とするという方向で改革をすることを公表した。
このため、オバマ大統領は、ジェームズ・クラッパー国家情報長官とエリック・ホルダー司法長官に、収集された電話通信データをどの組織が保管するかについて、3月末までに提案書を作成し、提出するよう指示した。また対外的にも、国家安全保障上の必要性がない限り、同盟国、友好国の指導者の通話を監視したり、データ収集したりしないことを約束した。
オバマ大統領のNSA改革案については、左右両派から批判が起こっている。米議会の保守派議員や安全保障タカ派は、現在の世界は依然として2001年の同時多発テロの当時と同じかそれ以上に危険であり、米国と米国民の安全を守るNSAの活動に足枷(あしかせ)をはめるべきではないと、改革そのものを疑問視する。
これに対して、米自由人権協会(ACLC)などのプライバシーや市民の自由擁護派は、大統領がNSAによる国民の監視活動、個人情報収集・保管を停止するのではなく、保管を政府外に委ねるという小手先の修正でごまかそうとしていると強く批判した。米国内では2001年の9月11日テロに匹敵するようなテロ事件が過去12年間発生していないこと、暴露されたNSAの国内スパイ活動への一般市民の衝撃が大きいことなどから、両陣営のうちプライバシー擁護派の批判の声の方が大きくなっていることは間違いない。
それも、一般市民の感情を反映したものだ。ワシントンの調査会社ピュー調査センターが1月15日から19日まで実施した世論調査によると、テロからの安全のためにプライバシーを犠牲にしていいかとの問いに、70%がプライバシーを犠牲にすべきではないと答えた。テロ対策のためにはプライバシーの制限もやむなしと答えたのは、わずか26%にすぎない。
NSA活動暴露前は、米国民の過半数がテロ対策のためのNSAの活動を肯定的に見ていた。NSA関連の機密情報を公開し、NSAの電話通信データ大量収集などの活動を暴露したスノーデン氏を、米政府は訴追しようとしている。世論調査では、スノーデン氏の暴露が社会の公益にプラスになったかとの問いに、45%はプラス、43%はマイナスとして意見が分かれた。それにしても、半分が同氏はいいことをしたと思っているわけで、米国民の感情がプライバシー重視に大きく揺れていることを示すものだ。
さらに、米議会により設立された独立機関である「プライバシー市民自由監視委員会」(PCLOB)は1月23日、NSAの電話通信記録の大量収集などの活動について調査報告書を公表した。報告書は、NSAの電話通信記録の大量収集は法的根拠を欠いており、「非合法」と断定した。オバマ大統領の諮問委員会も昨年12月にはNSAの情報収集活動には否定的見方を示し、現状のままの活動は停止するよう勧告した報告書を出している。
米政府は2001年に米国愛国法を制定し、連邦捜査局(FBI)などの電話盗聴権限を強化し、それ以来プライバシーを制限し安全保障を強化する路線を突き進んできた。その時計の振り子が、NSA活動暴露を契機に逆方向に振れ始めている。プライバシー優先か、安全保障優先かという議論はまだまだ終わったわけではない。