韓国核武装論の迷走

米・中朝での取引を警戒

 米朝間の緊張が高まっている。核実験、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対して、軍事的圧力を加え得るという威嚇で米国は対応している。

 両者とも譲らず、誰かが止めに入るか、どちらかが折れるかしなければ、事態は収拾できない“チキンゲーム”の様相を呈してきた。双方が構えたまま、激しい心理戦が展開されている状況だ。

 「新東亜」(9月号)に「また火がついた核武装論」の記事が掲載された。同誌は、現状を「狂人の理論」を駆使するトランプ米大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の睨(にら)み合いが続いていると分析する。

 「狂人の理論」とは、相手に自身を狂人と思わせて、戦争や交渉を有利に導き、利益を収めたり譲歩を獲得することだ。北朝鮮としては、「金正恩なら、やりかねない」と米国に思わせる。逆に米国としては、「トランプなら、やりかねない」と北朝鮮に思わせたいわけである。

 この睨み合いの中で、韓国は非常に微妙な立場に置かれている。自身の安全保障に関わる問題でありながら、韓国が関与できる余地が少ないのだ。その理由の一つが韓国は韓国動乱の休戦協定の当事者になっていないということだ。

 北朝鮮としては、この場を使って、米国と直接交渉して平和協定を締結し、在韓米軍の撤退、米国との国交交渉を行うという狙いがある。米国に自国の存在を認めさせるというのが北朝鮮の一貫した国家戦略である。その際、韓国は眼中にない。

 北朝鮮の核・ミサイル開発は米国との直接交渉を引き出すための手段でもあり、南北統一交渉での有力なカードでもある。米本土に届く核ミサイルを開発する意味は、米国を振り向かせ、深刻さを認識させることにあって、その意図は現在、達成されつつある。

 こうした米朝の核をめぐる緊張の高まりの中で、韓国は、「北朝鮮が意図した通り、米朝が韓国を排除したまま対話を始める」ことになるのではという「混同と恐怖」の中に置かれている、と同誌は説明する。

 米国が軍事的手段を取れば、北朝鮮の報復は必至であり、その標的は韓国内の在韓米軍基地などになる。その際、北朝鮮が核攻撃を仕掛けてきても、米国の「核の傘」に入っているというだけで、韓国はより有効な対抗手段を持たない。

 そうした中で再び台頭しているのが「韓国核武装論」だ。冷戦期、フランスはソ連の在来式兵器での攻撃であっても、核兵器で報復するという抑制策を取った。この例に倣おうというのである。

 さらに、北のミサイルが米本土まで射程に入れた状況で、米国がカリフォルニアを犠牲にしてまで、ソウルを守ってくれるだろうかという疑念が韓国には生まれている。

 戦術核の再配備もあるが、米朝の交渉次第では米国が確実に核を持ち込んでくれる保証はない。そこにも独自核武装論が出てくる素地がある。

 だが、実際に、韓国が核武装しようとすれば、越えなければならないハードルが幾つもある。核拡散防止条約(NPT)や国際原子力機関(IAEA)からの脱退、国連の制裁、日韓、中韓間の緊張増大、等々、現在の北朝鮮が引き受けている境遇をそのままなぞることになる。経済制裁を受けたら、韓国はひとたまりもない。

 このように北の核・ミサイル開発に触発された「核武装論」は迷走するだけで、具体化される様子はない。そうこうしているうちに、韓国が恐れる「コリア・パッシング」が進行しているのではないかという心配が韓国論壇には溢れてきている。

 コリアパッシングとは韓国製英語で、意味は韓国の頭を飛び越えて、韓国の運命が、米国、北朝鮮、中国などによって決められてしまうという懸念だ。よく例に出すのが1905年の「桂・タフト協定」である。米国が日露戦争に勝った日本に朝鮮の支配権を認めたものだ。

 韓国の論壇では、「第二の桂・タフト協定が習近平(中国国家主席)とトランプの間で結ばれるのではないか」という心配の声が聞かれる。しかし肝心の韓国外交はそのことを認識しているのかどうか、有効な手を打てずにいるのが現状だ。

 編集委員 岩崎 哲