デジタル証拠-「月刊朝鮮」より

内乱陰謀事件公判以前から議論

 韓国野党の統合進歩党の李石基(イソッキ)議員が内乱陰謀罪で逮捕され、10月から公判が始まっている。各種の証拠が出てきているものの、「国会議員が北の指令を受けて武装蜂起しようとしていた」という衝撃的な事件を裁くためか、検察の攻めは慎重にならざるを得ず、政府の同党解散命令もすんなりとはいかないようだ。

 特にネックとなっているのが「デジタル証拠」である。刑事訴訟法にはこれらの定義さえなく、「伝聞証拠」扱いで、有罪への決め手にならない可能性もある。

 そして何より取り調べて黙秘を続けている李議員が「獄中闘争」の腹を固めれば、証拠認定をめぐって堂々めぐりが繰り広げられ、裁判の長期化が避けられなくなる、という予測も出ている。

 「月刊朝鮮」(11月号)は「資本とITで武装した従北勢力・スパイの進化」という記事を載せた。これまで明らかになっている李石基グループの「革命組織(RO)」や人員、資金、通信記録など各種の証拠が揃(そろ)っていながら、「現行刑事訴訟法にはデジタル情報・保存メディアに対する定義さえなく、デジタル証拠は伝聞証拠扱いされる」ために、追及が捗(はかど)らない。

 特に問題だとして同誌が紹介するのは「サイバー亡命」という手口。これは「従北勢力が国内法の効力が及ばない米国や日本など、海外のITサービスに革命拠点を移して」おり、「いわゆる”サイバー亡命”を通して対南革命の効果を極大化しようとすることだ」と説明する。

 これ以外にも今回の裁判はこれまでにない事例が多い。何しろ検察が証明しなければならないのは、李石基議員らが具体的に北朝鮮の指令を受けて、騒乱、内乱を起こそうとしていたこと、具体的な破壊工作目標、人員の配置、資金の調達、武器の調達、北との内通などで、これらのほとんどが「デジタル証拠」であるためだ。

 ただ、検察が有利な点が一つだけある。それは「情報提供者」の存在だ。この法廷証言が行われれば、被告を有罪に持って行ける公算は大きくなる。

 しかし、これについても李議員側は執拗(しつよう)に対抗策を打ってきている。法廷証言で情報提供者の「遮蔽壁内」での証言を求めている検察に対して、顔をさらす公開証言を弁護側が求めている点だ。おそらく、このやりとりだけでも相当に期日を費やすだろうとの予測だ。

 その一方で、弁護側は弁護士自身の情報公開を拒んでいる。さまざまな攻撃、嫌がらせが予測されるとしての申し入れだが、「呆れた二重基準だ」として批判を浴びている。

 スパイ事件、内乱陰謀事件を裁く裁判であるはずが、図らずも「デジタル証拠」という刑事訴訟法上新しい証拠の扱いをめぐって、公判以前に大きな議論となっているのは皮肉だ。このことで公判の進捗(しんちょく)が遅れれば、「獄中闘争」の術中にはまることになりかねない。

 さらに、別稿でも紹介したように、韓国司法の「左傾化」がこの事件にどう作用してくるかも注目だ。同誌の記事ではその点には触れていないが、担当判事の「思想傾向」が証拠採用など一つ一つに影響を及ぼしてくることは容易に想像できる。

 また同誌は「従北勢力と北朝鮮工作員の手口が専門化した」とし、法律が遅れていると指摘しているが、「最初のサイバー事件」は1998年に起こっていた。「サイバー空間を利用した司令・報告体系が摘発された最初の事例」としての「民主革命党事件」だ。これ以降、法整備が可能だったにもかかわらず進んでいない。このツケをいま払わされているわけだ。

 同誌には引き続き李石基裁判を報じてもらいたい。

 編集委員 岩崎 哲