人気先行の尹錫悦元検察総長

問われる国家経営の力量

 韓国は来年3月に迫った大統領選に向けて、候補者探しが始まっている。現段階で明確な出馬表明をする者はなく、それらしき人物も模様眺めの状況だ。

 とはいえ、人気度からいえば元検察総長(検事総長)の尹錫悦(ユンソンニョル)氏が先頭走者と言っていい。だが、尹氏には政治経歴がなく、組織もない。そのような人物がいきなり大統領になる、というのが韓国の政治だといえば、そうなのだが、あまりにも人気先行で、メディアは尹氏の人物像をあの手この手で描き出そうとしている。

 月刊朝鮮(5月号)は尹氏の卒業論文まで引っ張り出した。尹氏はソウル大大学院修士課程修了、司法試験合格には「9年かかった」という。卒論は「集団訴訟、公権力乱用による基本権侵害に対する救済策」。集団訴訟という概念がなかった軍事政権下で、これに着目した。

 ちょうど「論文執筆の真っ最中」に韓国で初めての集団訴訟が起こされた。主導したのは「人権弁護士であり左右両陣営で信望があった趙英來(チョヨンレ)弁護士(故人)」だ。尹氏は趙弁護士に影響を受けて論文をまとめたという。

 こうしたことから尹氏に「人権」や「進歩」の影を見がちだが、尹氏を担ごうとしているのは現政権に対抗する保守中道陣営で、この影を払拭しておきたい。記事はそうした思惑が各所に顔を出している。

 尹氏の論文指導をした宋相現(ソンサンヒョン)ソウル大名誉教授に同誌が聞いている。

 ――尹錫悦を政治的な観点で進歩と解釈できないという話にも聞こえる。

 「当然だ。それは話にならない。尹錫悦は自由市場経済体制を強く信奉する人だ」

 といった具合だ。

 また尹氏の高校同窓で元聯合ニュース記者の李京旭(イギョンウク)氏は尹氏との「3時間に及ぶ対話を基に」書いた『尹錫悦の真心』で、「議会中心主義、議会民主主義という言葉を何度も聞いた」とし、「匿名の教授」は「彼(尹氏)が政治的に自由民主主義体制を基本価値としている」「法治主義者」などと語っている。

 尹氏が現政権誕生の功労者であり、文在寅(ムンジェイン)大統領をして「われらの検察総長様」と言わしめたほど重用された人物だったことを払拭しようとするかのような“証言”の数々である。

 しかし問われるべきは「国家経営できる指導者としての力量を備えているか」である。メディアがそれを探しあぐねているのが伝わってくる。

 編集委員 岩崎 哲