全面戦争断念した金委員長

精鋭部隊の戦車まともに動かず

 月刊朝鮮(2月号)が「特ダネ」として北朝鮮労働党委員長の金正恩が「吸収統一のための全面戦争を計画していた」と報じている。2015年のことだ。

 これは北朝鮮で幹部だった脱北者が南の情報当局の尋問で明らかにしたもので、この人物は日本円で約1200万円の「報奨金」をもらったという。歴代2番目に高額で、それだけこの脱北者がもたらした情報が高価値だったということだ。同誌は内部文書を入手し、関係者への取材を加えて「当時の状況を精密追跡」した。

 これによると、金正恩は「銃隊で南朝鮮を統一する」と公言していた。つまり武力南進統一である。さらに「戦時動員令が下されれば、直ちに戦時体制に転換するよう、組織的対策を立てる」よう各組織に指示。合わせて保安任務、すなわちスパイや工作員による金正恩一家襲撃への対処や、事前に“不純敵対分子”の摘発・消滅を命じていたという。

 ところが、こんなやる気満々の金正恩が思わぬことで躓(つまず)いた。軍を視察していた時のことだ。戦車部隊の半分が稼働できず、兵士たちもまともに戦車を操縦できなかった、というのだ。「金正恩は大きな衝撃を受けた」と同誌は伝えるが、さもありなん。

 「北朝鮮最精鋭の戦車部隊の将校だった脱北者」の証言だ。その部隊ですら「訓練は1年に10時間もなかった」という。「軍服務10~12年で、戦車訓練に1度も参加できなかった運転兵はおびただしい数だ」というのである。そんな彼らに戦車を運転させると、谷に落ちるわ、車と衝突するわで話にならなかった。

 金正恩でなくともにわかには信じ難いことであるが、理由はそもそもまともに動く戦車がなく、さらに燃料もないため、訓練しようにもできなかったのだ。しかも電力不足を補うために戦車のバッテリーを家庭用に流用することが常態化していたという。

 金正恩は怒り狂って軍幹部を処刑したかと想像するが、実際にはよほどショックだったのだろう。しょげ返った金正恩は軍幹部を集めた会議で、「全面戦争は難しいし、軍整備には時間がかかる。こちら(北朝鮮)の度量が大きく見えるように構えて、時間稼ぎをせよ」と命じるのが精いっぱいだったようだ。

 時間稼ぎをする一方で、金正恩は核・ミサイル開発に邁進(まいしん)する。核兵器は「多いか少ないかの問題ではなく、あるかないかの問題」だ。現在「25基程度の核弾頭がある」と推定されている。迎撃ミサイルで処理し切れる数ではない。大半が撃ち落とされても、たった1発、ソウルに落ちればおしまいなのだ。北朝鮮はこのことをよく知っている。

 この脱北者の証言は朴槿恵政権の時に得たもので、情報・国防当局は情報を共有していたが、もし文在寅政権にこの脱北者が証言していれば、表沙汰になったかどうかは分からない。同誌がこれをあえて今、公開したのにも意味があってのことだろう。やはり4月の総選挙で「国民が賢明な判断」をするための材料提供だ。(敬称略)

 編集委員 岩崎 哲