NZ乱射事件、オーストリア連立政権揺さぶる
ニュージーランドのクライストチャーチで先月15日、2カ所のイスラム礼拝所(モスク)で銃乱射事件が起き50人の犠牲者が出た。白人主義者でイスラム系移民を憎悪する極右思想信奉者ブレントン・タラント容疑者は現場で逮捕されたが、同容疑者が昨年12月、欧州のアルプスの小国オーストリアを訪問し、同国の極右グループに寄付していた事実が発覚、クルツ連立政権は弁明に追われている。
(ウィーン・小川 敏)
容疑者とつながる極右団体と与党関係者
クルツ首相、関係断絶要求
クルツ連立政権は2017年12月発足以来初めて、政権の土台が揺らぎ始めた。乱射事件の容疑者からオーストリアの極右団体「イデンティテーレ運動」(本部グラーツ市、メンバー約300人)が寄付を受け取っていたことが判明したからだ。それだけではない。
クルツ連立政権のパートナー政党、極右政党「自由党」関係者がイデンティテーレ運動に同じように寄付していたことが判明したのだ。すなわち、乱射事件の容疑者と自由党をそれぞれ点とすれば、その2点がイデンティテーレ運動を通じて一本の線につながってきたのだ。
自由党は欧州の代表的極右政党であり、クルツ首相が率いる保守政党「国民党」と連立政権を組閣する与党だ。その政党が50人のイスラム系住民を殺害した乱射事件の容疑者と国内の極右団体を通じて結び付くとすれば、大変なことだ。「ああ、そうでしたか」と看過できることではない。
イデンティテーレ運動のリーダー、マーチン・セルナー氏は「事件の容疑者と会ったことはない」「寄付を受け取ったが、面識はない」と弁明に追われている。捜査が進むと今度は自由党の関係者が同運動に寄付していたことが判明し、両者の関係に新たな光が当てられた。
自由党のシュトラーヒェ党首(副首相)もキッケル内相も過去、同運動と関係があったことを認めているが、あくまで政権入り前の過去だ。ところで、同運動の事務所から押収されたパソコンや書類から同運動に寄付してきた自由党関係者リストが出てきた。シュトラーヒェ党首やキッケル内相は否定するが、自由党関係者には同運動と太いつながりを持つ者がいることが浮かび上がってきたのだ。
これまで自由党関係者と乱射事件の容疑者を直接結び付ける事実は見つかっていない。イデンティテーレ運動を通じて乱射事件の容疑者と結び付く点に過ぎない。なお、タラント容疑者は昨年12月、オーストリアを訪問し、ウィーンやザルツブルクを訪ねている。
クルツ首相は自由党にイデンティテーレ運動との関係断絶を要求。シュトラーヒェ党首が同運動との関係を断つことを約束すると、今度は同運動関係者から「自由党がわれわれの活動を批判するようならば、過去の全ての関係を暴露する。今後は選挙でも支援しない」といった警告が飛び出してきた。クルツ連立政権を崩壊させるような事実が出てくる可能性も十分考えられる。
オーストリア連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)によると、イデンティテーレ運動への寄付者の数は364人で、その中には自由党関係者も含まれている。また、国民党議員の息子も寄付者リストにあったという。
来月末には欧州議会選挙が実施される。野党第1党の社会民主党は「自由党とイデンティテーレ運動」の関係を争点に自由党たたきを始めている。一方、クルツ首相は、自由党にイデンティテーレ運動との関係断絶を連立政権の堅持の条件に挙げるなど、圧力をかけている。自由党は連立政権入りしてからは反欧州連合(EU)路線を修正するなど、極右政党のイメージから脱皮するために腐心してきたが、乱射事件で過去の極右団体との関係が脚光を浴びる結果となってしまった。