北ペース仕切り直す契機


解説

 今回の米朝首脳会談が決裂した背景には、金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領の出方を見誤ったことがあるとみられる。

 金委員長としては最小限の非核化措置で最大限の制裁緩和を引き出すつもりだったようだが、トランプ氏は北朝鮮が昨年9月の南北首脳会談で条件付きに表明した寧辺核施設の廃棄だけでは不十分との認識を示し、ウラン濃縮施設やミサイル基地、核弾頭の廃棄にも言及したもようだ。昨年6月の初会談でトランプ氏に通用した「曖昧な非核化措置」が今回は通用せず、金正恩氏としては戦略練り直しを迫られた形だ。

 また米国側は制裁緩和の代わりに朝鮮戦争(1950~53年)の終戦宣言を見返りに差し出す意向だった可能性があり、制裁緩和を急ぐ北朝鮮としては受け入れ難かったのも確かだろう。

 会談に意欲的で直前まで「成果」を強調していたトランプ氏が一転して北朝鮮に厳しい態度を示した理由は不明だが、結果的に今回の会談は「ノーディール」に終わり、北朝鮮に完全非核化を迫る最も有効な手段である制裁はそのまま維持されることになった。昨年から北朝鮮ペースで進んできた核問題が仕切り直しになる契機ともなろう。

 金委員長は国際社会はもちろん自国住民にも大々的に宣伝し、列車に乗って60時間以上もの時間をかけ仰々しくベトナム入りした。会談まで外出を最小限にとどめ、会談準備に多くの時間を費やした。だが、わずか数時間の話し合いで合意断念を余儀なくされた。「最高領導者」としての威信失墜は避けられない。

(ハノイ・上田勇実)