比大統領は地域の危険要因
エルドリッヂ研究所代表・政治学博士 ロバート・D・エルドリッヂ
国益も損ねる反米親中
沖縄米軍基地の縮小見直しも
過去数カ月、地域の最大の心配は何かと尋ねられると、いつも「フィリピン」だと答えている。言うまでもなく、中国と北朝鮮は大きな直接の脅威であり、核武装しているロシアはいまだ日本と平和条約を締結していない。だが、フィリピンの過激な反米姿勢のロドリゴ・ドゥテルテ新大統領がそれ以上に大きな心配事となっている。
彼の不安定な存在は、日本と米国などアジア太平洋地域にとって危険要因だ。日本訪問に先駆けて中国を4日間訪問した際、彼は米国と決別し中国とロシアに目を向けると宣言した。
ドゥテルテ大統領はかつて、自身をヒトラーにたとえ、後に謝罪した。性急で感情的で自慢げで、ショービニストで性差別主義者で民族主義者で外国人嫌いなところは、フィリピンのドナルド・トランプと呼ばれるゆえんだ。彼の反米主義は、戦略的に重要な島である沖縄から米軍撤退を求めている反米主義の沖縄県の翁長雄志知事を想起させる。
ドゥテルテ氏が大統領になれば、米国とのネガティブな歴史を強調する国家主義者としての側面は影を潜め、よりポジティブな将来に向かう為政者になるであろうと期待した。例えば、フィリピン国民の76%は米国を「強く信頼している」とある最近の世論調査で回答している。両国は長い間、密接な関係にあり、米国で生活し労働し、米軍に勤務しているフィリピン人も多い。ところが、最近米政府は彼との建設的な関係を持つことを基本的に断念した。
そのため、ドゥテルテ大統領が日本を訪問した際、安倍晋三首相に大きな期待が寄せられた。日本は、マニラの交通インフラの改善の援助、海上保安船の提供、領海をめぐる中国との紛争の外交的支援など数多くの方法でフィリピンを助けてきた。
筆者は今年2月、日本のシンクタンクが主催したマニラでの会議に参加した。そこでは南シナ海と東シナ海における領土・領海問題が話し合われた。利害は共通しており、両国間の協力が必要であることは明らかだ。
このように共通の関心事を持ち、民主主義国として本来、互いに協力することが可能であり、必要であるにもかかわらず、大衆迎合主義者のドゥテルテ氏はフィリピン国民の利益にならない道を選んでいるようだ。
これは東南アジア地域の人々にとってもいいことではない。東南アジア諸国連合(ASEAN)などの地域組織の一員として十分な役割を果たせないこともあるが、重要な存在である。アジア開発銀行の本部はフィリピンにある。また、訪問米軍の地位に関する米比協定に基づき、幾つかの米軍の特殊部隊が利用している施設も置いている。
米国の同盟国やならず者国家は人権を守るよう米国から圧力を受けると、中国カードを使うことがよくある。中国は国際法や規範に無関心で、援助を受けやすいことを知っているからだ。この援助は、人権やグッド・ガバナンスとは無関係という意味で無条件であるが、中国に対する忠誠というひも付きである。これが、いずれドゥテルテ氏の凋落(ちょうらく)を招く可能性がある。
ところが、その時までの期間は大変心配だ。この新大統領の反米スタンスのために、地域における米国の影響は減少する。また、米軍の作戦行動はフィリピンが重要な位置にあるだけに阻害される。こうした状況はすでに1990年代前半に起き、中国は進出し島々を手に入れた。フィリピンが間違いに気付いてもすでに時遅しだ。
今日のフィリピンをめぐるトラブルのために、沖縄の重要性は今後さらに増す。現行の基地整理縮小および地域分散計画の再検討、すなわち現状維持の方針転換につながりかねない。
中国と台湾の摩擦も心配だ。台湾防衛はフィリピンの協力がなければ難しくなる。
日本にとってはさらに深刻になる。台湾の状況に複雑に関係しているからだ。中国は沖縄の反基地団体に資金提供し、少人数の沖縄の学者や活動家が推進する独立運動の手助けをするなど、沖縄に干渉し続けている。
筆者は日米両国がフィリピン問題で早期に行動することを望んでいた。今年初めに、第一列島線に防災拠点のネットワークを構築すべきだと産経新聞紙面で提案した。また、日本国内の防災訓練にフィリピン軍が参加すべきだとも提案した。こうした努力は、軍同士さらに民間と軍の実務的協力関係を強めるだけでなく、中国に対して強いメッセージを送ることになる。
もはや手遅れかもしれないが、だからこそ思慮深く、かつ迅速に行動すべきであり、関係のある国家や地域だけでなく、それらを率いる人物を知ることが重要となってくる。