タイからの高速鉄道受注に積極攻勢の中国
タイ政府と協力覚書
タイ政府は年初、総額2兆バーツ(約6兆3000億円)を投じ、陸海空の交通路を整備、4路線の高速鉄道を建設する計画を明らかにした。早速、10月、タイを訪問した李克強中国首相は、高速鉄道の総延長距離が9月に1万㌔を突破した中国の建築のスピード性と廉価性をアピールし、「中・タイの鉄道協力深化に関する覚書」を交わした。中国とすればタイの高速鉄道建設のビジネスチャンス参入に意欲を示す日韓独仏などに一歩先んじ“先頭走者”に躍り出た格好だ。入札は来春にも行われる。
(池永達夫)
安全性への疑念は拭えず
タイの鉄道路線は4363㌔。うち60%以上が30年以上も運行しているなど設備の老朽化が激しく、平均速度は時速60㌔以下にとどまっている。さらに雨期などでは洪水被害で運休を余儀なくされるなど、運行速度の向上や鉄道貨物の物流を促進するためにも鉄道インフラの再整備が求められている。
この高速鉄道計画が整備されれば、これまで約半日かかっていたバンコクとラオス国境に近いノンカイまで3時間4分となりタイ第2の都市チェンマイまでは3時間43分に短縮される。このため観光促進や物流システムが整備されることによる経済効果は計り知れず、関係各国からの関心も高い。
とりわけ意欲的なのが中国だ。中国は道路や石油・天然ガスパイプラインなどを雲南省から南下させることで東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係強化に動いているが、近年は高速鉄道建設にも力を入れ始めている。
現在は休止状況にあるもののラオスには予算7000億円規模での雲南省昆明とビエンチャンを結ぶ高速鉄道計画を提案したことがあった。
中国がタイの高速鉄道建設計画に大きな関心を払っているのは、将来、北京とシンガポールを結ぶアジア高速鉄道を貫通させたいと思っているからだ。そのため中国は、ラオスだけでなくマレーシアにも高速鉄道輸出のプロジェクトを持ち掛けている。
日本の強みは安全性の高さと緻密な運行能力だ。これに対し中国は、廉価性と柔軟な支払いに応じる姿勢をバーゲニングパワーとしている。とりわけタイ政府が関心を持っているのがコメや天然ゴムなどの農産物で支払うというバーター取引だ。
タイのインラック政権は、コメを農民から市場価格より高値で買い上げ、これまでの2年間で1兆3000億円の赤字を出している。6兆円規模の政府予算からすると頭の痛い話だ。このため中国が100万㌧規模で鉄道建設費とバーターで引き取ってくれるなら渡りに船となる。年間1000万台の自動車生産を誇る中国のタイヤ生産のためのゴム需要は高く、世界最大の天然ゴム輸出を誇るタイから輸入のパイを大きくするのは、両国にとってウィンウィン関係でもある。こうした支払い方法で中国だけが、タイの窮地を救う“経済外交カード”を切ることにより、日本や韓国、ドイツやフランスなどの鉄道会社の受注競争で一歩、先んじた格好となっている。
なおバランス感覚は人一倍優れているタイのことだから、中国一辺倒になることを懸念して均衡を取れば、日韓独仏にも参入のチャンスは巡ってくる。
ただ中国にしても基本的問題を抱えていないわけではない。というのも、中国の高速鉄道は日本企業が「中国国内限定」で供与した新幹線技術をベースに造られているものだ。
中国の新幹線である高速鉄道「CRH380」型車両は、川崎重工業から新幹線「はやて」型の技術供与を中国国有企業の南車集団が受けて開発したものだ。川崎重工業との契約では、供与された技術の輸出は認められないことになっている。それを強引に「独自開発の中国の技術だ」として他国へ輸出するのは問題が多い。
何より中国の高速鉄道への安全性への疑惑は払拭できていない。中国は2年前、浙江省温州で起きた高速鉄道事故で、死者40人を出している。さらに車両を一時、埋めるなど事故原因の究明は曖昧なままだ。安全性問題を棚上げしたまま、高速鉄道の輸出を急ぐ中国の姿勢は良識ある人々からの支持は得難いところだ。