関係強化図る越比両国
戦略的パートナーシップ構築へ
中国の「覇道」を牽制
昨年11月、北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、フィリピンとベトナムの両首脳は両国の「戦略的パートナーシップ」の格上げを討議した。ベトナム戦争当時、フィリピンは南ベトナムに肩入れした経緯だけでなく、両国の領土問題もあって関係は必ずしも深いものではなかった。それが南シナ海のほぼ全域を領海とする中国の力をバックにしたごり押しに遭遇し、両国は関係強化を図り中国の覇権志向に対抗する動きを加速し始めている。(池永達夫)
昨年春、南シナ海の西沙諸島周辺で海底油田掘削装置(オイルリグ)を護衛していた中国海警局の巡視船と、阻止しようとしたベトナム海洋警察の巡視船が衝突した問題は、改めて海洋権益確保のためには強硬姿勢を崩さない中国の覇権志向を浮き彫りにした。
また、南シナ海でフィリピンの警察が不法操業中の中国漁船を拿捕(だほ)したことで中国が反発し武装艦船で押し寄せにらみ合いが続いたこともあった。
さらに南シナ海の南沙諸島で中国が行っている埋め立て規模が急拡大していることがこのほど判明した。これはフィリピン軍が年初、実施した南沙諸島空撮で南沙諸島の暗礁であるチグア礁やジョンソン礁では、高さ18㍍、6階建ての建物など複数の大型施設の建設が進み、長さ3㌔に及ぶ陸地の造成が確認された。ジョンソン礁での埋め立て地の面積は約8万平方㍍に及ぶ。2年前に撮影された写真では約1000平方㍍の小規模建造物しか確認されていなかったことからすると、突貫工事で埋め立て地の急拡大や大型施設の建造が進んでいることが判明する。
またファイアリークロス礁では、長さ3㌔、幅最大600㍍の巨大な造成工事が完成しており、専門家筋では滑走路建設とみている。さらに建設中の5カ所に加え、ミスチーフ礁とスビ礁の2カ所で新たな埋め立て工事が進んでいる事実が分かった。
これらは中国が広大な南シナ海を支配するための布石として、空海軍の拠点づくりに励んでいるものと考えられる。
またベトナムなどと領有権を争う南シナ海の西沙諸島でも中国は、実効支配を強め既成事実を積み上げている実態がある。中国は西沙諸島で最大規模の面積を誇る永興島の周辺をさらに埋め立てて、わずか1年半で同島の面積を4割広げている。
永興島は中国の海南島沖約350㌔、ベトナム沖約400㌔にある南シナ海で最大級の島だ。ベトナムや台湾なども領有権を主張しているが、中国はベトナム戦争末期の1974年、人民解放軍を動員し永興島など西沙諸島を武力占拠した経緯がある。それまで西沙諸島は、旧宗主国フランスが去った後は、西半分を南ベトナムが、東半分を中国が占領して対峙(たいじ)していたが73年に米軍撤退が決まったことで、力の空白に乗じる格好で中国側が武力で南ベトナムを排除し、実効支配した。
中国は永興島を「南シナ海における軍事、海洋政策の中心」と位置付け、人民解放軍兵士や漁師など約1000人が居住している。行政機関や病院、銀行など都市インフラも整備済みで今年には学校も建設される予定だ。
こうした中国の南沙・西沙諸島の暗礁埋め立て工事による拠点づくりや強引な進出に対し、同海域の領有権を争うフィリピンやベトナムは、単独で工事を阻止する力を持っていない。フィリピン政府は、南シナ海のほぼ全域を自国領とする中国の主張に根拠がないとして、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判を始めており、今年末にも結果が出る見込みだ。
しかし、いずれにしても法の支配ではなく力による秩序変更に動いている中国をおとなしくさせるには、実力者をバックに付けると同時に横の連携を強めるしか手はない。この地域における実力者とは米国だ。フィリピンは昨年、その米国との安保条約を大胆に改定した。これでフィリピンから撤退していた米軍は、同国への巡回権利を獲得した。これは外国軍の駐留を禁じたフィリピン憲法に配慮したものだが、米軍は常駐させることなく、事実上、フィリピンの安全保障を担保する後ろ盾としての機能を持つことになる。
さらにチャイナリスクにさらされているベトナムとフィリピンが、関係強化へ向けた戦略的パートナーシップへ動きだしてもいる。中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)内のこうした合従(連合)を分断させるべく、個別に経済的メリットや利権といったニンジンをぶらさげつつ2国間関係強化を持ち掛ける連衡策に出ている。「合従連衡」は秦の周辺6カ国(韓、魏、趙、燕、楚、斉)の連合に2国間関係強化の楔(くさび)を打ち込むことに成功した秦の覇権確立の故事を語るが、同時に現在の中国と東南アジア情勢をも如実に表してもいる。
中国とすればASEAN分断を図り、個別交渉による伝統的な切り崩し戦略を取っているが、ベトナムとフィリピンの強固な関係が構築されれば、南シナ海の「航行の自由」を保障する「行動規範」策定や西沙、南沙諸島の領有権問題にも新たな力学が働くことにもつながる。