タイ暫定首相きょう訪日
日本政府、中国のタイ取り込みを牽制
タイ軍事政権のプラユット暫定首相が8日、日本を訪問する。昨年5月の軍事クーデター後、同暫定首相が訪日するのは初めてのことになる。日本政府が積極的にプラユット暫定首相の訪日に動いた背景には中国のタイ取り込みを牽制(けんせい)する狙いがある。(池永達夫)
東西回廊建設で合意へ
9日に予定されているプラユット暫定首相と安倍首相との首脳会談は、今回で3回目となる。両首相は昨年10月、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議が開かれたミラノで初の首脳会談を行った後、11月にも東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議が開かれたミャンマーのネピドーで会談している。
首脳会談ではタイでの鉄道建設とミャンマー南東部のダウェイ経済特区の開発について合意する見込みだ。
鉄道建設では①カンボジア国境のタイ東部サケーオ県アランヤプラテート―タイ東部チャチュンサオ県―バンコク②バンコク―ミャンマー国境のタイ西部カンジャナブリ県③自動車、化学などの産業が集積するタイ東部ラヨン県―バンコク――の3路線に標準軌の高速鉄道を開発する方向でわが国と調整してきた経緯がある。
今回のプラユット暫定首相の訪日は、日本側が積極的に働き掛け日本政府の要請で実現したものだ。
日本側が懸念しているのは中国のタイ暫定政権取り込みだ。
欧米がタイのクーデター政権に対し制裁を科す中、積極的に暫定政権の後ろ盾役を買って外交攻勢を掛けてきたのが機を見るに敏な中国だった。
中国は、ラオスの首都ビエンチャンに隣接するタイ東北部のノンカイとバンコクを結ぶ高速鉄道建設を請け負うカードを切ってきたのだ。中国がこのタイ高速鉄道計画に執着するのは、高速鉄道網をタイからさらにマレーシア、シンガポールへと延伸させ、東南アジアを一体化した「大中華圏」の実現を狙う遠大な構想があるからだ。
既にラオスの高速鉄道計画は動きだしている。そのラオス縦断高速鉄道が完成し、タイの高速鉄道とつながれば、北京とバンコクが高速鉄道でつながる回廊ができる道筋ができることになる。
中国は高速鉄道の総延長距離で世界首位に躍り出た。昨年は過去最高となる8427㌔の高速鉄道を開通させ、総延長距離は1万6000㌔に達している。中国はその高速鉄道を東南アジアにも延長させASEAN取り込みを図ろうとしている。中国統一を成し遂げた秦の始皇帝は、首都咸陽から全国へ伸びる馳道(ちどう)(高速道路)建設に熱心だった。中国共産党政権は現代版馳道建設を世界戦略としている。
日本としては、その対抗軸が必要で、南北回廊で南下を図る中国に対しベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマーを東西に結ぶ東西回廊で巻き返しを図る。タイの3路線も、その一環だ。
また、マレー半島西部にあるダウェイ経済特区は、深海港の開発とタイとの陸路接続で、アンダマン海、インド洋とタイ湾、南シナ海を結ぶ物流拠点になると期待されている。タイ、ミャンマー両国が開発に乗り出したものの、資金と技術不足で同計画は足踏みを余儀なくされてきた。今回のプラユット暫定首相の訪日で、日本がダウェイ経済特区参加を決定すれば同プロジェクトは動きだすことになる。
なお今回の首脳会談では、タイの民政復帰に向けたプロセスについても話し合われる見込みだ。
日本訪問前にバンコクで行われたプラユット暫定首相の記者会見では、民政移管のための総選挙は、新憲法起草作業などが順調に進めば年末にも実現可能との見解を述べているが、デッドラインを敷いた上で臨んでいるわけではない。
タイ陸軍司令官だったプラユット暫定首相は当初、国民と国際社会に示した民政移管の行程表では2015年後半の総選挙実施をうたっていたが、総選挙は来年にもずれ込む見通しだ。昨年5月のクーデター以後、デモや集会など政治活動を禁止し報道統制している戒厳令を敷いたままにしているプラユット暫定首相にしてみれば、敵対勢力を沈黙させたままで選挙システムなどに手をつけ、タクシン派が圧勝することがないような政治的パラダイムを構築した上で総選挙に臨む必要があるからだ。