中・タイ急接近を牽制、暫定首相招請で日本

 タイ軍事政権のプラユット暫定首相が来年2月上旬に日本を訪問する。5月の軍事クーデター後、同暫定首相が訪日するのは初めてだが、今回の訪日は強い日本側の要請によるものだ。目的は中国へ急接近するタイを引き留めておくことにある。(池永達夫)

「大中華圏」実現狙う中国

高速鉄道建設で外交攻勢

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30日、タイ・バンコクの陸軍本部で、陸軍司令官の引き継ぎ式を終えて手を振るプラユット暫定首相(EPA=時事)

 5月22日の軍事クーデターで軍主導で構成されたタイ暫定政権は、閣僚の多くが軍の関係者で占められている他、立法議会の過半数が軍関係者であるなど、事実上の軍事政権だ。

 今も戒厳令を敷き、デモや集会など政治活動を禁止しているほか、報道統制、不敬罪による投獄など、政治動向に神経をとがらせている。

 こうした状況に若者の間では米国のハリウッド映画の中で、主人公が独裁国家への抵抗を示すために行う3本の指を掲げるポーズをまねて、軍への抗議活動を示す動きが広がるなど、軍主導の暫定政権に対し不満の声も出始めている。

 タイ陸軍司令官だった同暫定首相は当初、国民と国際社会に示した民政移管の行程表では2015年後半の総選挙実施をうたっていたが、下院議会の選挙は再来年にもずれ込む見通しだ。

 こうした同暫定首相に対し、2月の訪日時に日本政府は早期の民政復帰を重ねて求めるとみられるが、あくまで表向きの儀礼でしかない。

 日本側が懸念しているのは中国のタイ暫定政権取り込みだ。

 欧米がタイ軍部の政治介入に対し制裁を科す中、積極的に暫定政権の後ろ盾役を買って外交攻勢をかけてきたのが機を見るに敏な中国だった。

 中国は、ラオスの首都ビエンチャンに隣接するタイ東北部のノンカイとバンコクを結ぶ高速鉄道建設を請け負うカードを切ってきたのだ。中国がこのタイ高速鉄道計画に執着するのは、高速鉄道網をタイからさらにマレーシア、シンガポールへと延伸させ、東南アジアと一体化した「大中華圏」の実現を狙う遠大な構想があるからだ。

 既にラオスの高速鉄道計画は動きだしている。そのラオス縦断高速鉄道が完成し、タイの高速鉄道とつながれば、北京とバンコクが高速鉄道でつながる回廊となる道筋ができることになる。

 中国の李克強首相は今月中旬、タイを訪問し、プラユット暫定首相とタイ高速鉄道の共同開発をうたった了解覚書に調印。さらに同暫定首相は返礼として22日、中国を訪問し、習近平国家主席、李克強首相らと会談、北京―天津間の高速鉄道にも試乗している。

 なお、南アジアや東南アジアなどへの南進を図っている中国は、用意周到にも金融装置を準備している。既に今年、中国はインドや東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国など22カ国の合意を取り付け、来年のアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設に動きだした。

 これらの地域ではこれまで、日本人が歴代総裁を務めてきたアジア開発銀行が道路や港湾、電力といった基礎インフラ整備の金融措置を講じてきた経緯があるが、これにぶつける格好で中国主導のインフラ投資銀行を設立しようとしている。

 中国はまた、世界銀行や国際通貨基金(IMF)体制主導の欧米社会に対抗する格好で新興5カ国(BRICS)の「新開発銀行」を創設しようとしている。中国が視野に収めているのは、新たな国際金融秩序を構築することで、経済をバーゲニングパワーにした政治的影響力増大だ。

 日本側とすればこうしたタイの中国急接近にブレーキをかけ、ASEANが中国に取り込まれてしまわないように布石を打つ必要がある。

 その他、同暫定首相の訪日時には、タイとミャンマーが共同で進めるミャンマー南部のダウェイ経済特区開発への日本の参加を改めて要請する見通しだ。このダウェイ開発をめぐっては1月にバンコクで日本、タイ、ミャンマーの3カ国による閣僚級協議が予定されており、その上で同暫定首相は安倍晋三首相との首脳会談の席で、改めて協力要請する見込みだ。