香港の75日、一国二制度の矛盾浮き彫り

 香港行政長官選挙の制度民主化をめぐり、香港当局は11日、金鐘(アドミラルティー)の大通りを占拠していた学生団体ら民主派に対し、警官隊を動員してバリケードの全面撤去を行って247人を逮捕、幹線道路を開通させて一掃した。9月末から75日間にわたる占拠デモは終結したが、中国が台湾に提起する一国二制度の矛盾が浮き彫りになり、中国の香港統治は混迷の度を深めている。(香港・深川耕治)

占拠デモ終結、仕切り直し

政府とデモ隊の双方に誤算

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11日、香港の金鐘(アドミラルティー)で、撤去される民主派の象徴の傘(AFP=時事)

 11日の強制排除は道路開通を申し立てたバス会社に対して高等裁判所が開通を命じたことに基づき、執行。11月末の九竜半島の繁華街・旺角(モンコック)に続き、裁判所執行官やバス会社関係者らがバリケードやテントを強制撤去し、デモ隊200人以上は裁判所の強制撤去エリア外の隣接する場所で平和裏に抗議した。

 警官隊の排除に同意しない香港大学生連合会(学連)や学民思潮メンバー、香港紙「蘋果(りんご)日報」オーナーの黎智英ネクストメディア会長、民主党の李柱銘元党主席、劉慧卿民主党主席、同党の何俊仁立法会議員、公民党の梁家傑名誉主席、同党の何秀闌立法会議員ら15人の立法会議員を含む209人が無抵抗のまま逮捕された。逮捕者は前後を加えて計247人で翌日までに保釈され、「再び戻って来る」とタイの反軍政デモと同様に3本指を立てて連呼。

 香港政府は同日、「違法占拠は香港の政治・経済、社会、民生に重大な損害を与えた。法律を遵守(じゅんしゅ)し、二度と幹線道路の違法占拠を行ってはならない」との声明を発表。残る繁華街・銅鑼湾(コーズウェイベイ)での撤収に移った。

 金鐘での占拠デモを主導してきた学連の周永康事務局長は「強制撤収しても政治問題は解決していない。われわれ市民は必ず再び街頭に戻って来る」と臥薪(がしん)嘗胆(しょうたん)の思いを述べ、抗議の“第2幕”が続くことを強調している。

 2カ月半に及ぶ占拠デモは9月28日、金鐘の政府庁舎周辺で行政長官選挙の「真の普通選挙」を求めるデモ参加者に対して警官隊が催涙弾87発を浴びせ、雨傘を開いて抵抗し、占拠を開始したことから始まる。高級貴金属店が並ぶ旺角や銅鑼湾で占拠デモを行った背景には若者の所得格差、住宅難に対する強烈な不満がある。

 11月初め、デモ参加者は意欲満々で、学生たちは金鐘に青空自習室をセットし、自学自習。テント生活にも慣れ、デモのトレードマークである黄色のリボンや傘を折り紙で手作りするグループや雨傘革命(雨傘運動)にまつわる歌を作詞作曲して披露するグループや歌手も現れ、香港の新たな若者文化を生み出す動きにもなった。

 ピーク時には10万人近くが金鐘のデモ現場に結集し、梁振英行政長官の辞任を求める声が強まったが、占拠デモが1カ月を過ぎ、2カ月目を迎える頃にはデモを支持する市民の数は減り、撤収論が強まることに焦りと疲労が募り始める。ロマンチックな理想論ばかりを求める学連や学民思潮は11月30日、政府庁舎包囲を呼び掛け、政府庁舎の窓ガラスを割るなど暴力行為を抑えられず、多数の逮捕者を出して失敗。平和と非暴力で一貫してきたデモ隊側にとって急進派の暴力を未然に抑えられなかった失望感は大きい。

 さらに12月3日には占拠デモの先駆けとも言える金融街・中環(セントラル)の占拠を呼び掛けたオキュパイ・セントラル(占拠中環)の発起人3人やデモ参加者ら30人が違法デモを強行した罪を認めて警察署に出頭し、デモ撤収の動きが加速していった。

 一連の占拠デモで政府側は催涙弾を丸腰の学生らに浴びせたことが市民の反発を増大させ、国際世論も中国の強圧的な対応として批判的に報道。梁振英行政長官の手腕に疑問符が付き始める一方、中央政府は行政長官を全面支持し、民主派の街頭デモを違法行為として断罪し続けた。「中国政府は香港民主派の扱いを中国本土での民主活動家への高圧的対応と同列に扱う誤った判断だけでは香港世論を味方に付けられないことに気付き、路線転換を模索し始めている」(香港誌「争鳴」12月号)との見方も出ている。

 来年5月に予定される香港立法会での行政長官選挙制度改革案の議決に向けて、香港政府と民主派の攻防は別の形で民主派が抗議活動を準備することで第2幕を迎えようとしている。香港政府は年明けから中央政府の行政長官選挙改革案を元に候補者を絞り込む「指名委員会」の構成内容について市民からの意見聴取を始め、内容をまとめた後に立法会に提出する選挙改革議案を作成していくが、民主派からの激しい抵抗が予想され、議案自体が通過せず、民主派議員の反対票で廃案になる可能性も濃厚だ。

 一方、香港の占拠デモが中国政府からの圧力に屈しない民主化運動として絶大な影響を与えたのは台湾だ。

 11月29日投開票された台湾統一地方選、特に人口の約7割を占める六つの直轄市の市長選で中国との貿易融和を推進してきた与党・国民党が勝ったのは新北市だけ。直轄市を含む22の県・市の首長選で国民党のポスト数は15から6に減少、最大野党・民進党は6から13へと倍増させた。

 今回の統一地方選は、2016年3月に行われる台湾総統選の前哨戦であり、立法委員(国会議員)選挙の行方を占う試金石。党主席を辞任した馬英九総統の求心力が失われつつある与党・国民党にとって、香港での中国政府の高圧的態度は浮動票の鍵を握る無党派層の反中感情を増幅させ、歴史的な敗北に陥る結果となった。台湾総統選に向け、香港の普通選挙改革をめぐる親中派と民主派の激しい攻防は、中台関係や台湾政局に大きな影響を与える要因と化している。