反中デモ暴徒化で中越緊張
現状変更強行に増す不信感
中国との領海紛争でベトナム、フィリピンが中国の一方的な現状変更の動きに抗議し、ベトナムでは反中国暴動が激化している。背景には米中軍事バランスの変化があり、中国との単独外交では脆弱(ぜいじゃく)な東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は南シナ海問題をめぐり、海洋権益では一切妥協しない中国の実効支配拡大に苦慮し続けている。(香港・深川耕治)
一方で報復恐れるベトナム
中国の現状変更の動き、ベトナムの反中デモと暴徒化はリバランス(再均衡)政策を重視するオバマ米大統領のアジア(日本、韓国、マレーシア、フィリピン)歴訪後、間もなく始まった。
オバマ大統領は4月27日、マレーシアでナジブ首相と会談し、南シナ海で同国と領有権が対立する中国の進出が活発化する中、安全保障政策で協力を深化させることに合意した。同28日、マニラで米軍のフィリピン展開を強化するための新軍事協定に署名し、南シナ海での行動を活発化させる中国を牽制(けんせい)。かつてフィリピン駐留の米軍は1992年までに撤退していたが、今回の協定で22年ぶりに復帰し、事実上再駐留することになった。
この動きに敏感に反応したのが、中国の南シナ海での動向だ。
フィリピン外務省は5月14日、南シナ海・スプラトリー(中国名・南沙)諸島西北部のジョンソン南(フィリピン名・マビニ、中国名・赤瓜)礁に中国が大量の砂を運び込んで新たな滑走路や軍事施設を建設している疑いが強まったとして中国に抗議。同暗礁海域はもともと、ベトナムが実効支配していたが、88年の中越武力衝突(赤瓜礁海戦)で中国が奪取して実効支配を強めているため、領有権を主張するベトナムやフィリピンが強く批判している。
ベトナムの反中デモ暴徒化も収束までにはなお時間がかかりそうだ。原因は、5月初め、ベトナム本土から220㌔の排他的経済水域内にある南シナ海のパラセル(中国・西沙)諸島周辺で中国海洋石油総公司(CNOOC)が海底資源探索のために石油掘削装置を設置し、7日、掘削装置を護衛した中国艦船が、掘削を阻止しようとするベトナム海洋警察の艦船に衝突し、現在もにらみ合いが続いていることだ。
海洋強国を目指す中国は、中華民国時代から独自に管轄権を主張する境界「九段線」を根拠に南シナ海の約9割について領有権を主張し、南沙・西沙・中沙諸島を合わせて「三沙市」として新たに海南省の行政組織に組み込んで領有を既成事実化し、実効支配を強めている。
10日、ベトナム南部ホーチミンで行われた反中デモをきっかけに13日から14日にかけてベトナム中部や南部で反中デモが暴徒化し、新華社通信(英語版)は15日、少なくとも中国国籍の2人が死亡、8人が安否不明、100人以上が病院に搬送されたと報じている。
今回のベトナム暴動で最大の被害を受けているのは、中国企業と間違われた台湾企業だ。香港や日本、韓国企業も被害に遭っている。安全確保のため、カンボジア国境へ避難するケースが増え、カンボジア警察は14日までに600人以上の華人が陸路、ベトナムからカンボジアへ移動したことを明らかにしている。
中越両国の国内向けメディア報道には大きな開きが見られる。
中国側は国内各ポータルサイトでベトナムでの暴動被害について簡単な事実関係のみ報じ、注意喚起を促す程度の内容。国内ネットユーザーが中国版ツイッター「微博」でベトナム暴動の写真をアップしても当局から削除されており、華僑向け通信社・中国新聞社も15日に広西チワン族自治区南寧で開かれた「トンキン湾経済協力フォーラム」でベトナムのグエン・ゴック・ドン運輸次官が「引き続き、中国と緊密協力する」と発言した内容を友好的に報じるのみ。
一方、15日のベトナム国営テレビ(VTV)は中国の石油掘削装置を設置したパラセル諸島の現場海域で中国海警局の船がベトナム海上警察の船を威嚇・妨害する動きや対空ミサイルを搭載したフリゲート艦を配備し、中国の偵察機が上空を偵察している様子を船上から現地報道。中国の動きを厳しく牽制する一方、ズン首相が国民の愛国心を評価しながらも違法破壊活動には厳正に対処するよう公電を出したことも伝えている。
ベトナムは中国側の報復を憂慮している。2012年、中国は害虫付着を理由にフィリピン産バナナの輸入を制限するなど、領有権をめぐり報復を行っており、中国メディアの自制とは裏腹にさまざまな政治的圧力を加える可能性があるからだ。
中国の動きに強い懸念を表明したのがASEANだ。同首脳会議が11日、ミャンマーの首都ネピドーで行われ、南シナ海情勢について中国を念頭に「全ての関係当事者に自制を求める」とする「ネピドー宣言」を採択。南シナ海問題解決のため、中国との間で法的拘束力を持つ「行動規範」の早期策定に取り組む動きだが、同連合にはラオスやカンボジアなど中国を支持する国もあり、海洋権益に一切妥協を許さない中国側がどこまで応じるか不透明なままだ。