武力衝突に終止符打てる? 比政府とMILF、包括和平に調印

 3月27日、ミンダナオ島を拠点に武装闘争を続けてきた国内最大のイスラム武装勢力のモロ・イスラム解放戦線(MILF)が、新しい自治政府「バンサモロ」の創設を条件に、武装解除などのフィリピン政府の要求に応じ、包括和平合意文書に調印した。40年以上にわたる武力闘争に終止符が期待されるが、依然として反政府活動を継続するイスラム勢力も存在するほか、和平合意の内容が違憲との指摘もあり、和平の実現はこれからが正念場との見方が根強い。(マニラ・福島純一

武装解除に反発し大量離脱も

違憲判決で合意白紙の可能性

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3月27日、マニラで、包括和平合意の調印式に臨んだイスラム武
装勢力モロ・イスラム解放戦線のムラド議長(左から2人目)と
アキノ・フィリピン大統領(同5人目)ら(EPA=時事)

 マニラ首都圏の大統領府で行われた調印式には、アキノ大統領とMILFのムラド議長のほか、和平交渉を長年にわたって仲介してきたマレーシアのナジブ首相も出席した。調印式のスピーチでムラド議長は、「われわれの闘争にとって無上の光栄」と包括和平合意の喜びを伝えた上で、「バンサモロはMILFのためだけではなく、モロ民族解放戦線(MNLF)を含む全てのイスラム教徒、そしてその領域で暮らすキリスト教徒や先住民族のためのものだ」と指摘し、宗教を超えた争いのない地域の実現を強調した。

 一方、アキノ大統領も、「和平実現のために多くの人々が苦しみ懸命に働いてきた。私は二度と和平を奪われるようなことはしない」と語り、和平を妨害する勢力への対応に妥協しない強い決意を表明した。

 MILFとの和平交渉をめぐっては、昨年9月、和平に反対するMNLFのミスアリ元議長派の武装組織が、サンボアンガ市を占領し、市民を人質にしながら国軍と1カ月近くも戦闘を続け、200人以上が死亡、10万人以上が避難生活を強いられる事態が起きるなど、大きな犠牲を払っている。

 さらに政府との和平合意に反対しMILFから離脱したバンサモロ・イスラム自由戦士(BIFF)が武装闘争の継続を宣言しているほか、バンサモロ自治区への編入を決める住民投票をめぐり、キリスト教徒の住人が多い一部の地域で反対運動が起きるなど、2016年にスタートする見通しの自治政府が軌道に乗るまでには、多くの課題が残されているのが現実だ。

 一方、MNLFの幹部からは、包括和平合意の内容に不満を持つMILFの司令官が、部下とともにMNLFに合流するとの情報が流れるなど、内部分裂の不安も付きまとう。それによると、多くのMILFメンバーが武装解除に反対しており、約4000人の構成員がMNLFに合流する計画だという。これに対しMILF側は、「根拠の無いプロパガンダ」と指摘し構成員の大量離脱を否定しているが、もともとMILFがMNLNの和平路線に反発して組織された勢力だけに、あり得ない話ではない。

 一方、MILFと同じく過去にMNLFから離脱したメンバーで組織されたイスラム過激派アブサヤフは、このところ民間人を標的にした身代金目的の誘拐事件を多発させており、改めて南部における治安回復の難しさが浮き彫りとなっている。2日にマレーシアのサバ州にあるリゾート施設から、中国人観光客の女性とホテル従業員のフィリピン人が、武装集団に誘拐された事件でもアブサヤフの関与が指摘されており、警察当局は人質がアブサヤフの拠点の一つであるホロ島に連れ去られたとの見方を示している。今後、バンサモロの領域で活動する反政府勢力に対し、どのような姿勢で臨むのか、その対応も問われることになる。

 さらに一部の上院議員からは、バンサモロに付与される高度な権限から、バンサモロが自治区ではなく準国家に相当するとして違憲であるとの指摘が出ているほか、最高裁では和平合意の内容の違憲性を問う裁判が進行中となっている。

 MILFとの和平交渉をめぐっては、アロヨ政権下の08年、和平覚書の署名直前に、最高裁がその内容に違憲判決を下し和平交渉が白紙に戻った過去がある。この決定に不満を持つMILFの構成員が各地で襲撃事件を起こすなど、国軍との戦闘が繰り返され、多くの犠牲者を出したことは記憶に新しい。アキノ政権とMILFにとって、バンサモロ自治政府の設立は、これからが正念場となる。