「並外れた」中国礼賛、「蜜月」のルーツに毛沢東思想

WHOトップ解剖 テドロス氏とは何者か(下)

 「中国政府は感染拡大阻止に並外れた措置を取った」――。

テドロス事務局長(左)と習近平国家主席

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長(左)と中国の習近平国家主席1月28日、北京(AFP時事)

 新型コロナウイルスの感染拡大は、発生源である中国の初動の遅れと情報隠しに大きな原因があったことは疑いの余地がない。中国発の災禍に各国が苦しむ中で、中国に惜しみない賛辞を送り続けているのが、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長である。

 歴代の国連機関トップの中でも、「並外れた」親中姿勢は一体どこから来るのか。母国エチオピアが中国から多額の経済支援を受けていることが背景にあるとの見方が一般的だ。だが、常軌を逸した中国礼賛はカネだけが理由なのだろうか。

 テドロス氏は、エチオピアの与党「ティグレ人民解放戦線(TPLF)」の主要幹部だった。TPLFは1991年にメンギスツ軍事独裁政権を倒し、以来、与党連合の中核として国家の実権を握ってきた。

 TPLFは75年にマルクス・レーニン主義に基づく極左革命組織として設立されるが、具体的な活動指針として採り入れたのが毛沢東思想だった。70年代のエチオピアのティグレ地方は、住民の大半が農民だったため、農民中心の革命を実現した毛沢東の理論を基盤に据えたのである。

 ごく少数のメンバーで発足したTPLFだが、毛沢東の「政権は銃口から生まれる」の教えに従って長期的なゲリラ闘争を繰り広げ、最終的に政権の座を勝ち取った。つまり、エチオピアで支配的地位にある政党のDNAには、中国共産党の思想が刻み込まれているのである。

 米シンクタンク、大西洋評議会の上級研究員などを務めるアレクサンドラ・ガドザラ氏は、2015年にまとめた共著書『アフリカと中国』で、次のように指摘し、エチオピアと中国の密接な関係は毛沢東思想にルーツがあると論じている。

 「(TPLFが)初期に毛沢東に頼ったことは、中国という国家に対する思想的親和性を示している。現代のエチオピアと中国の結び付きも、初期の関係からの延長といえるかもしれない」

 同書によると、与党連合の中でも政策決定を事実上支配してきたのが、9人のTPLF中央委員であり、テドロス氏もその一員だった。テドロス氏が毛沢東主義者であるかどうかは不明だが、毛沢東を崇拝してきたTPLFで幹部の地位に上り詰めたことを考えれば、共産党一党独裁の中国に強いシンパシーを抱いていることは確かだろう。

 TPLF主導のエチオピア政府は、野党や報道機関を徹底的に抑圧する強権政治を敷き、テドロス氏は閣僚としてその一翼を担ってきた。そのテドロス氏が独裁者を好むことを強く印象付けたのは、WHO事務局長に就任した17年に、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領をWHOの親善大使に任命したことだ。

 欧米からの強い反発を受け、任命は撤回されたが、40年近く権力の座に居座り、「世界最悪の独裁者」と呼ばれた人物を起用したことは、多くの人を唖然(あぜん)とさせた。テドロス氏が中国のコロナ対策を称賛する一方で、感染拡大に警鐘を鳴らした武漢市の李文亮医師らに対する弾圧など、中国共産党による深刻な人権侵害に口を閉ざしているのは、独裁体制を支持していることが背景にあるのだろう。

 「21世紀の毛沢東」と称され、強権体制を強化する習近平中国国家主席を、テドロス氏が崇拝していたとしても決して不思議ではない。

(編集委員・早川俊行)