「見破れない」、取引慣習の隙突き偽作が流通
技術向上も後押し、偽版画流通事件で美術界に衝撃続く
有名画家の偽版画流通事件で、著作権法違反容疑で警視庁に逮捕された元画商加藤雄三容疑者(53)ら2人は10年以上にわたり、偽作の制作と販売を続けていたとされる。これを後押ししたのは、版画界特有の取引慣習と高度なデジタル技術。「経験がないほどの大きな出来事だ」(関係者)。美術界に走った衝撃はしばらく収まりそうにない。
専門家などによると、版画は作品の質や価値を保つため、作家や著作権者の了承の下、枚数を限定して制作。余白部分には「エディション・ナンバー」と呼ばれる通し番号と、作家や著作権者のサインや押印が記される。東京都町田市立国際版画美術館の学芸員、和南城愛理さんは「ナンバーとサインのある版画が真作として扱われる。それが『約束事』だ」と話す。
ただ、事件ではこの「約束事」について、偽の押印やナンバーを記すことで、真作を装っていたとされる。
デジタル技術の発展も偽作を後押しした。版画は1枚ごとに色の重なり具合などが異なり、偽作が難しいとされていたが、ある画商は「近年は色の精密な解析が可能。厳密に再現できる」と指摘する。
警視庁などによると、工房経営者北畑雅史容疑者(67)は、加藤容疑者の依頼で、真作をスキャンして取り込み、画像編集ソフトで色彩などを解析。「リトグラフ」と呼ばれる技法で真作を忠実に再現していたとみられ、美術関係者は「偽作と見破るのは難しい」と漏らした。
偽作流通を受け、画商らでつくる臨時偽作版画調査委員会は「何らかの手だてを講じる必要がある」と再発防止策を検討する。
ただ、複製を前提とする版画は、一点物の油絵などと比べ、安価で手に取りやすい美術品として親しまれてきた。版画専門の鑑定機関がなく、鑑定書もないままに取引されている。美術関係者は「すべての作品を鑑定して取引をすれば、コストが掛かり価格も上がる。多くの人に買われなくなるのではないか」と危ぶむ。