「事実を知って」、9.11調査報告書を独力で翻訳
長男亡くした住山一貞さん、8年がかりで邦訳版を刊行
約3000人が犠牲となった2001年の米同時テロから20年となる11日に合わせ、長男の杉山陽一さん=当時(34)=を亡くした住山一貞さん(84)=東京都目黒区=が、米テロ調査委員会報告書の邦訳版を刊行する。500ページ超を約8年かけて独力で訳した。「9・11を知らない若い世代にも読んでほしい」と期待している。
一体どこに行ってしまったのか-。崩壊したツインタワー内の旧富士銀行に勤めていた陽一さんの遺体は02年4月に確認されたが、見つかったのは親指の一部のみだった。検視官は「残りは蒸発した」と説明した。「息子は街の空気の中に漂っている」。住山さんはそう思い、ほぼ毎年、9月11日にニューヨークを訪れてきた。
発生3年を迎えた追悼式の帰路、ジョン・F・ケネディ国際空港の売店で平積みにされていた本が目に留まった。テロに関する米議会超党派の調査報告書。分厚い書物を、真相を知るため購入し、読み進めた。
報告書には、事件当時の警察や消防、ビルの館内放送といった関係機関の対応が詳細に記されていた。イスラム教の歴史や国際テロ組織アルカイダの思想など事件の背景にも迫り、テロ対策機関の協力不足などにより「計画を阻む機会を逸した」と結論付けていた。
日本でも08年に抄訳が出版されたが、事件の背景が省かれていた。陰謀論めいた書籍も登場し、違和感を覚えたという。英語とは無縁の人生だったが、「事実を多くの人に知ってもらいたい」との思いから翻訳を決意。友人らから助言を受けつつ、約8年前から辞書と首っ引きで1日3ページずつ訳していった。
インターネットで資金を募るクラウドファンディングを条件に出版の約束を取り付け、今年6月、341人から目標額の3・3倍、計493万円を集めた。住山さんは「当事国の議会が超党派で調べた『事実』は認識しておくべきだ。事件を知らない人も増えてきたので、ぜひ手に取ってもらいたい」と話す。
邦訳本は、出版社「ころから」(東京都北区)から刊行される。定価3600円(税別)で、初版は1000部。年内にも解説本を出版するという。