全盲のジャンパー、コーチとの絆で恐怖心を克服
走り幅跳びの高田千明選手がメダルを目指して27日登場
東京パラリンピック走り幅跳び(視覚障害T11)に出場する高田千明選手(36)=ほけんの窓口グループ=。何も見えない空間に身を放り出す恐怖に打ち勝たせたのは大森盛一コーチ(49)との絆だった。メダルが期待される全盲のジャンパーは、27日に登場する。
先天性の目の病気で、10代のうちに光を失った。22歳で競技を始め、練習していた陸上クラブで大森さんと出会い、指導を受けるようになった。
当時は短距離が専門。大森さんは「走行フォームを教えようにも手本が見せられない。僕の体を触らせ、動きを感じさせた。文字通り、手取り足取りで指導した」と話す。レースでは「きずな」と呼ばれるロープでつながり、一緒に走る。二人三脚で記録を伸ばした。
しかし、世界の壁は高かった。全盲の短距離は選手と伴走者が並ぶため8レーンのコースを4組で使う。決勝や準決勝に進む人数も通常の半分だ。準決勝相当という選考基準に、北京、ロンドンと続けて涙をのんだ。
大森さんは引退も考えたが、高田選手は「どうしてもパラの舞台に立ちたい」と訴えた。そこで提案したのは走り幅跳びへの挑戦。リスクはあるが、チャンスの方が多いと感じた。
選んだ道は険しかった。高田選手は幅跳びを見たこともなく、走り方を教えた時のようにジャンプや空中姿勢を体で伝えた。一人で助走し、踏み切らなければならず、大森さんは声で走る方向を伝える「コーラー」を担う。声の反射や姿勢のずれで、見当違いの方向へ進むこともあった。
最も難航したのは恐怖心の克服。先には砂場がある。頭では分かっていても身がすくむ。「怖いって絶対言うな。口にしたら俺は辞める」。その上で「絶対安全に跳ばせてやる。それが俺の仕事だ」とも語り掛けた。
前回のリオデジャネイロ大会で初出場を決め、その後は幅跳び元日本王者の教えも請い、飛距離を伸ばした。声が聞こえたら走りだし、15歩目で踏み切る。一連の動作にもう迷いはない。跳んだ先には大森さんと栄光が待っている。