緑化力は沙漠化よりもはるかに強い

植林運動と自分史

N・GKS代表 澤井敏郎氏に聞く

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 戦後70年の今年、高齢世代の間で戦争体験などを記録に残すため自分史に取り組む人が増えているという。中国やモンゴルの沙漠(さばく)などで植林ボランティア活動を展開している「N・GKS(エヌ・ジクス)」(NGO緑の協力隊・関西澤井隊)の澤井敏郎代表(京都府城陽市)はその好例で、先ごろ、これまでの活動記録の集大成と八十余年の一代記を組み合わせた私蔵本を自費制作した。具体化への苦心談や自分史づくりに必要な要件などを話してもらった。(聞き手=池田年男)

木は再生可能な生物資源/木と緑がライフワーク
温故知新の自分史へ/次世代へのメッセージ託す

 ――自分史というのは、人生を回顧して自ら記述し、自費出版するのが一般的です。澤井さんがその計画をもとに実現へ着手したのは、いつのことですか。

 私は高度成長期に大手の建材・住宅メーカーで猛烈に働いた会社人間でしたが、若くして重役に抜擢(ばってき)されたことや実績が注目されて、業界紙や週刊誌などでたびたび記事になりました。また、切手収集など少年期からの趣味も多く、その関連の資料も山のようにたまっていました。

 定年を迎えて一息ついてから、それらを厚紙に張り付けてスクラップブックにするなどして整理しながら、いずれは何らかの形の人生記録にまとめようと考えていました。それが自分史づくりの土台になったと言えます。

 同じ頃、“沙漠緑化の父”遠山正瑛先生(鳥取大名誉教授)の壮大なビジョンとロマンに感化されて植林ボランティア活動を始め、それが昂(こう)じてNGOの海外遠征隊を立ち上げました。その実践報告を『沙漠浪漫』と命名してシリーズ化し、遠征のたびに出版してきました。

 隊の結成15周年や私自身の80歳という節目が近づき、この機に自分の人生をまとめようと決意しました。経費などを思案した結果、自分史は単独の本にするのではなく、シリーズ本の総集編とセットにすればいいじゃないかと考えたのです。

 ただ、そこから紆余(うよ)曲折があり、体調不良やけがに見舞われ、編集作業も一代記の文章づくりも遅れ気味。昨年の春には自宅で転倒して腰椎(ようつい)の骨を折り、1年近く外出もままならぬ体になりました。でも、これを「神が与え賜うたチャンスだ」と受け止め、本づくりに拍車をかけ、ようやく完成にこぎつけたわけです。

 ――本はどんな構成になっていますか。

 前編に、私たちの植林ボランティアの実践リポートや、紹介してくれた新聞記事などを抜粋して載せ、後編では私の幼少年期から学生、企業人としての歩み、切手収集や競技かるた、連珠といった趣味など多方面の事柄を自分史としてまとめてあります。巻末の資料編には、昭和13年の日中戦争時の新聞や大東亜戦争開戦直後の「2色刷り」の新聞など、“お宝”とも言える資料を納めました。

 ――誕生からの一代記を活字にする上での工夫や技術にはどういうことがありましたか。

 私は何事においても凝り性で、やりだしたら中途半端は大嫌いな性分です。中学2年生の時に始めた趣味の切手収集も、とことん打ち込みました。その際に整理と保存は極めて重要な作業です。子供のしつけ、会社の業務、生産活動の基本も整理・整頓にあります。

 整理するのは注意力、分類力、いわゆる実行力でしょう。情報は、必要な時に必要なものを必要なだけ1分以内に取り出せる態勢を整えておく。もちろん整理は目的ではなく、あくまで手段です。

 断・捨・離という言葉が最近もてはやされていますが、長い目で見て必要だと判断したものは残しておきました。今回、それが大いに役立った。若い頃から日記をつけるのを絶やさなかったし、「忙しいと思わない」「面倒くさいと思わない」「イヤだなあと思わない」を信条としてきたお陰でもあると自負しています。

 それと、人間の頭脳のメカニズムはすごいものだと今さらながら感じました。いざ自分史に取り掛かり昔のことを回想するとなると、すっかり忘れていたようなことまでが芋づる式に思い出されて、その時代にタイムスリップするようでした。古いものも粗末にしない日頃の心がけの賜物か、歴史への関心と敬意が大事な時にインスピレーションを与えてくれるのでしょう。

 ――専門家は「自分史は自己責任で行う執筆・本作りだから、自分が書きたいように、伸び伸びと書けばいい。ただ、第三者に読んでもらう以上は読みやすく、間違いのないようにし、読む人に不快感を与えたり、誰かを傷つけたりすることのないよう留意する必要がある」(一般社団法人「自分史活用推進協議会」前田義寛代表理事)と言っています。

 その通りですね。各自の個性に基づき、形式にこだわらず、自由に取り組んだらいい。自然に蓄積されてきたものを整理し、まとめ、活字にすればいいのです。私の場合は本にするには、80年の人生記録の中から10%前後にまで取捨選択せざるを得なかった。多趣味なので、一つの趣味をテーマにしただけでも1冊の本になるほどの内容があるからです。

 ――人生には明と暗の両面があります。暗の部分も隠さずに書いておこうという人も増えているようです。ゆとりの表れと言えるでしょうが、澤井さんはどうでしたか。

 自分に関わっていただいた方々に何らかのヒントや示唆を与えるものになればと、赤裸々にまとめた次第です。昭和のアナログ人間の生きざまを拾い読みして、参考にしていただきたい。昔の人は孫やひ孫のためを考えて家訓や遺言を残しました。過去から学ぶことで先を読むことができる。この本がそんな次世代へのメッセージになれば望外の喜びです。

 本の題名は『実践自分史記録選集』ですが、「自己満足」という言葉も添えました。自分の歩みをまとめるとなると、反骨精神が強く、改革・開拓・挑戦の意欲が人一倍旺盛でもあり、我田引水、過去の美化、自分本位といったものに陥りやすいのは承知の上です。何とか8勝7敗の勝ち越しだったかなと自己評価しています。

 ――自分史を書いた多くの人が最後に父母や先祖への感謝の気持ちになっています。この点はどうでしたか。

 私も同様です。両親や家族はもとより、現役時代はよき上司、同僚、社員たちに恵まれ、生涯を通じては恩師、友人、同志たちに恵まれ、まことに幸せな人生でした。感謝の思いでいっぱいです。

 いつかは訪れる死を前に、自分史づくりを通して人生を総決算し、いわばゼロに戻ってすべてに感謝するようになる。それは心の浄化につながる大きな達成だと思います。

 ――隊の代表の立場は近く後継者にバトンタッチするとのことですが、今後も、木や緑について発信し続けますか。

 温暖化や人口増加による食糧不足などが人類の将来を脅かしていますが、急速な沙漠化も大きな問題です。しかし、緑化力は沙漠化よりもはるかに強いのです。“根性大根”の例でも分かるように、植物の生命力はすごい。その力を人間は上手に活用できていません。

 元来、日本は森林大国ですから、日本人は木の本質や文化が理解できるはず。石油など地下資源は有限ですが、木は再生可能な生物資源です。もっと木のよさを見直してほしい。木と緑をライフワークにする者として、そのことを機会あるごとに伝えていこうと考えています。

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 記事で紹介した『実践自分史記録選集』を3名の方に贈呈致します。ご要望の方は、澤井様へ直接ご連絡ください。先着順となります。澤井敏郎 電話・ファクス=0774-52-2036

 昭和6年(1931)年生まれ。京都府立西京大学(現京都府立大学)卒業後、永大産業株式会社に入社。工場長や子会社の社長など役員を長年務めた。退任後の平成6年(1994)、日本沙漠緑化実践協会第23次隊に初参加。同10年、NGO緑の協力隊・関西澤井隊を創立。中国内モンゴル自治区でのポプラの植樹を皮切りに、「木を植える心」を広めながらブラジル、マレーシアでも緑化に取り組んできた。その間、モンゴルの大統領や遠征先の政府要人とも会見している。「夢とロマンを追う万年青年」がモットー。