モディ政権の1年と日本 印経済を活性化、外交でも成果

大阪国際大学名誉教授  岡本幸治氏に聞く

 2014年5月の総選挙でインド人民党が勝利を収め、首相に就任したナレンドラ・モディ氏は、経済発展に成功したグジャラート州首相時代の経験を生かし、インドの経済振興、安全保障の確立を目指している。モディ政権の1年について、インド情勢に詳しい岡本幸治・大阪国際大名誉教授に伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

国際的地位向上も 法改正でインフラ整備加速
日印原子力協定締結を インド人留学生増やせ

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 ――モディ政権の1年をどう評価するか。

 期待通り経済を活性化させ、外交でも成果を上げ、インドの国際的地位を向上させた。2%台だった経済成長率が2014年は7・2%で、15年の成長率は中国を上回る可能性がある。

 法人税を減税し、先進諸国の企業誘致にもトップセールスを積極的に進め、インドへの投資ムードを高めるのに成功している。

 経済成長に対する市場の期待は高まっており、スズキが前年比2桁増の売り上げを達成した。最近、ゼネラルモーターズ(GM)がタイでの生産を縮小し、韓国の工場を閉鎖してインドに生産拠点を移す計画を発表した。車はインドではステータスシンボルで、ローンで買いやすくなっている。

 ――4月末には宮沢洋一経済産業相が訪印し、11地区を日本企業専用の工業団地として整備し、インドへの進出企業を現在の1200社から5年間で倍増させる計画を発表した。

 デリー―ムンバイ間の1500㌔を新幹線で結び、沿線に工業団地を建設する提案を日本がしたが、インドは物流を優先させたいので高速貨物鉄道を優先する計画になった。最近三井物産が中心になって企業連合を作っている。

 インドのインフラ整備が難しいのは、土地収用に手間と時間がかかるからだ。土地台帳はあるが、所有者と居住者が違ったり、農民は先祖代々の土地を手放すのを嫌うし、州によって土地収用の法律が異なる。モディ首相は土地収用法を改正し、公共のためであれば、対価を払って強制的に収用できるようにした。

 ――新労働法を制定し投資意欲を高めようとしている。

 会議派など野党は労働者に不利になるとして反対している。インドでは100人以上雇用すると、簡単に解雇できない。解雇理由を付けて州政府に申請する必要があり、雇用を維持したい政府は認めたがらない。そんな労働法に外国企業は苦しめられてきた。

 モディ首相は低カースト貧困層の出身で、インド人民党も底辺層の票は無視できないので、経済改革が具体化されてくると難しい問題も起こるだろう。その表れが1月のデリー準州選挙で、70議席中人民党は3議席しか取れず、庶民党が67議席で圧勝した。

 庶民党が圧勝した理由は、貧困層には電気・水道料金を無料にすることを掲げ、期待を高めたからだ。伝統的に会議派を支持していたムスリム票も、今回は庶民党に流れた。

 ――モディ首相が最初に訪問したのは隣国のブータンとネパールだ。

 両国に最近、中国が援助を増やしているからだ。インドは独立以来、ヒマラヤ山脈を安全保障の生命線と考え、4月25日に大地震に見舞われたネパールに対しては大規模な支援を展開している。

 次いで首相は日本、米国、オーストラリアを訪問したのは海洋安保が重要だからだ。昨年9月の日本訪問では安倍晋三首相と首脳会談の後、「東京宣言」を発表し、日本の直接投資額と進出日系企業数を5年後の2019年までに倍増し、ODA(政府開発援助)を含む3・5兆円規模の投融資を目指すことが盛り込まれた。

 モディ首相が関西国際空港に着いて京都を観光し、一泊したのは、両国が経済や安全保障だけでなく文化的にも深い関係があることを示すためだろう。

 07年、訪印した安倍首相はコルカタに行き、スバス・チャンドラ・ボース記念館を視察した。日本の大学生にインド独立の英雄を聞くと、ガンジーとネルーは挙げるが、戦前、インド国民軍最高司令官として日本軍と共闘したボースのことは知らない。インドではボースを含む3人が独立の三傑として称(たた)えられている。

 ――スリランカとも関係回復が進んでいる。

 中国はかねて「真珠の首飾り作戦」でミャンマーやパキスタンを支援し、インドを包囲してインド洋を中国の海にしていたが、スリランカの前大統領は親中政策に傾斜し中国海軍がスリランカの港を使えるようにした。それに対するスリランカ国民の反発も強く、シリセーナ新大統領はインドをはじめ日欧米との関係改善を進めている。

 ――モディ首相は5月14日に訪中し、習近平国家主席と首脳会談を行った。

 安全保障は別として経済交流を進めるのはどの国も同じだ。インドはインフラ整備を進める必要から、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも積極的に参加している。インドは国土が広いので、高速道路や鉄道・空港・港湾整備や電気・水道などの社会インフラの整備に多額の予算を必要としている。

 インド経済の問題は製造業が弱いことだ。第2次産業従事者の人口約15%を、彼は5年以内に25%にする計画で、「メイク・イン・インディア」政策を打ち出している。インドは人口の半分以上が25歳以下で、35歳以下だと60%。激増する若年労働力の受け皿として製造業での雇用創出を目指している。製造業が強くなれば、中国からの輸入品も国産化でき、慢性的な貿易赤字を減らせる。

 ――今後の日印関係は?

 インドは95年に「ルック・イースト」政策を打ち出しアジアとの関係強化を模索するようになった。私はこの時、東アジア共同体づくりに懸命になっていた外務省と異なり、日本はアジア政策の柱に「海洋アジア連合」を据えるべきだと主張した。

 日印両大国が、その中間に位置する韓国、台湾、東南アジア諸国との関係を強化し、覇権的中国の介入に対応すると共に、海洋の自由、シーレーン(海上交通路)を守ることがその狙いだ。なかなか動かなかったのだが、ようやく機運が満ちてきた。

 ――核不拡散条約(NPT)の問題は?

 オーストラリアはこれまで認めていなかったウランの輸出を約束し、原子力の技術提携も進めることになった。米国は98年の核実験でインドを制裁していたが、2007年には原子力協定を結んでいる。日印で原子力協定が結べない大きな理由は、インドが核兵器保有国だからだが、私は結ぶべきだと思う。

 ――今後の課題は?

 インドからの留学生を増やすべきで、日本の外国人留学生は中国が最大で約8万人、インドは約500人にすぎない。奨学金の充実や、英語で学べる大学を増やす必要がある。

 また、日本に来ているインド人留学生の多数が理系だが、文化交流を深めるには文系の学生を増やすべきだ。インドに留学する日本人学生も少なく、近年は韓国人が増え、そのうちインドの一流大学では日本語より韓国語が優位になるかもしれない。

 三井物産勤務を経て大学教員になった岡本幸治氏は、日本近現代政治史・政治思想を専門にしながら、ビジネスにも関心が強く、毎年、少人数の訪印団を引率し、インド各地を訪れている。1970年代に1年間、インド国立ネルー大学(JNU)で日本について講義した経験があり、大阪府立大学、愛媛大学などを経て、現在は大阪国際大名誉教授。日本の大学にはインド哲学などの専門家はいても多面的な現代インドを語れる人は少ないが、岡本氏はその貴重な一人。日印経済人などの民間交流や大学間の学術交流にも貢献し、NPO日印友好協会理事長、21世紀日本アジア協会理事・事務局長を務めている。著書は『インド世界を読む』『インド亜大陸の変動』『南アジア』『北一輝』『脱戦後の条件』その他。