都会の人たちの持てる力を活用 全日本プロバス協議会会長 中村實氏に聞く

ふるさと納税の正しい納め方

 最近、「ふるさと納税」が豪華なお礼の品の贈呈効果もあって話題を集めている。住民税を超える寄付金収入で財政が潤う自治体もあれば、住民税の減少に加え、事務手続きの増加に悩む自治体も出てきた。そこで、この制度が発想された頃からかかわっている中村實(まこと)氏に、ふるさと納税の本来の在り方について伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

地方に住民税の一部寄付/居住地での税金が控除

地方訪問促すお礼がいい/交流人口を増やし活力維持

400 ――最近の「ふるさと納税」ブームをどう見るか。

 1990年に経済学者の隅谷三喜男東大名誉教授が座長の民間の政策提言機関で、出生地や成育地でなくても、特定の市町村を支援する「選択市民制度」を提案したのが、ふるさと納税のさきがけとなった。その構想は、大都市圏の住民が住民税の一部を地方の市町村に寄付することで、都市と地方の格差を是正するとともに、彼らに疑似ふるさとを提供し、関係を持つことで地方の発展を応援する、というものだった。

 当時、横浜銀行にいた私もその構想策定にかかわっていて、報道関係者に話したところ、「夕刊フジ」が記事に取り上げた。それを読んだ町村長数人に、「ぜひ進めてほしい」と頼まれ、地方の期待の大きさを感じたのを覚えている。

 それが2008年の第1次安倍政権で、地方と都市との格差是正を目的に実現された。生まれ故郷をはじめ何らかの理由で応援したい自治体に住民税の一部を寄付すると、居住地で税金が控除される。現在、全国の6割の自治体が参加しており、昨年度の利用者は延べ10万人を超え、寄付額は130億円にも達した。

 年収などによって上限があるが、寄付金額のうち2000円を超える部分が居住地の税金から控除され、さらに自治体からお礼の品ももらえる。政府はこの制度を拡充し、来年度から控除額の上限を2倍に引き上げ、また五つの自治体までの寄付は、これまで必要だった確定申告が不要となる見込みで、ふるさと納税は活発になりそうだ。

 ――その一方、高級牛肉や米、メロンなどお礼の品物の豪華さを競い、自治体の間で住民税の奪い合いになっている。

 本当の意味の納税と地場産業振興への寄付を分けて考える必要がある。あまり豪華なお礼の品は贈らないというのが正論だが、自治体間で競争のようになると、応じないわけにはいかなくなる。それが地場産業や産品の発掘になる場合もあり、物産を通して都市と地方の交流につながればいい。

 地方では定住人口の減少が問題だが、交流人口を増やすことで活力を維持することもできる。ふるさと納税を数年続けていると、一度はその土地を訪れてみたいという気になるので、それを促進するようなお礼の仕方がいいのではないか。

 ――産品がお礼に使われることで地場産業のPRになるという効果もある。

 例えば、タオルでは愛媛県今治市が有名だが、大阪府泉佐野市にもタオルの地場産業がある。それをふるさと納税のお礼の品に使ったことで新しい需要が生まれた上、全国に知られるようになった。さらに、地元産の他の商品も購入したいという要望が増えるなどの効果も出てきている。

 ふるさと納税のブームに乗ろうと、多くの自治体で「お礼の品」を充実させる動きがあり、それが地場産品の掘り起こしにつながっている。一般に地方公務員は、決まった仕事を失敗しないように遂行することに意識がいきがちだが、ふるさとのいいものを発見するという積極的な意識が芽生え、彼らの意識改革にも役立っている。そういう意味での地域間競争は、あってもいいだろう。

 ――都会人のふるさとづくりという面ではどうか?

 お礼の品がきっかけで市町村に関心を持つようになれば、市町村では広報誌紙などを送って寄付が継続するよう努力する必要がある。地域全体のことを知ってもらえれば、都会人の視点から新しい魅力を発見してもらえるかもしれない。

 地元の人はそれほど価値がないと思っていても、外から見ればとても魅力的なものもある。例えば、古民家を利用した民宿での田舎暮らしなど、自然の中でゆったりした時間を過ごすことが、忙しい日常を送っている都会人には、心身両面の癒やしになる。リピーターになれば、地域のことにも詳しくなり、都会人の経験や知恵で地場産業や観光開発にアドバイスできるようにもなる。イタリアで始まったスローフード運動も、そんな都会人と地方との交流の中から生まれた。

 ――高齢化で継続が困難になっている農業などの助けにもなる。

 石川県輪島市白米町の棚田「白米千枚田」は有名で、年間2万円で「マイ田んぼ」を1枚持つことができるオーナー・トラスト制度である。首都圏などから集めたオーナーに、地元の農家の人たちと一緒に農作業を定期的に行ってもらうことで維持されている。ふるさと納税が、そうした都会と地方との恒常的な交流のきっかけになることを期待したい。

 ――外の人との交流がきっかけで、地元の人が地域を見直す効果もある。

 私は初めての市町村を訪ねると、教育委員会などが小中学生向けに編纂(へんさん)しているふるさと紹介の副読本を求めることにしている。地元のことがコンパクトに、しかも恣意(しい)的でなくまとめられているからだ。最近では市町村も広報に力を入れ、広報誌やホームページなどで地元の魅力発信に努めている。交流人口を増やすには、外から来た人の視点を大事にしなければならない。

 ――地方から都会に出て、そこで暮らすようになった人には、ふるさと納税はふるさとへの恩返しという意味合いもある。

 そんな気持ちを持っている都会人は多いと思う。親が存命中は季節ごとに里帰りをしていても、ゆかりの人たちが少なくなると、帰省の機会も減ってしまう。そんな人たちにとってふるさと納税は、ふるさととのつながりを維持する一つの方法にもなる。

 香川県高松市では、ふるさと納税の希望者に、その人に代わって墓地の清掃と花を手向けるサービスを行うことにした。清掃の前後の様子は写真で報告するという。静岡県西伊豆町に続いて全国2例目である。

 私は鉄道少年団の活動をしてきたので、地方の赤字路線の存続にふるさと納税の発想が使えないかと考えている。菅義偉(よしひで)官房長官の出身地秋田県には、北秋田市の鷹巣駅から仙北市の角館(かくのだて)駅を結ぶ全長約100㌔の第三セクターの「秋田内陸縦貫鉄道」があるが、昨年度の赤字は約2億円で、経営が厳しい。

 同様の路線は全国にいくつかあり、地域の人たちの大切な生活路線の存続が危ぶまれている。かつてその鉄道で通学した人たちには懐かしい路線なので、維持のために寄付をしたい気持ちもあるだろう。それが単なる支援から、観光振興に発展すればもっといい。

 安倍政権が進める地方創生も、成功の鍵は人にある。地方で優秀な人材を育てるとともに都会の人たちの持てる力を活用することが大切で、ふるさと納税がそのきっかけになれば本来の趣旨に沿っていると言えよう。

 中村さんの先祖は薩摩藩御用達の回船問屋。幕末頃、嵐のため錦江湾で多くの船が沈み閉店、中村さんの祖父は横浜に出て日本郵船に入社した。父も船乗りになり、中村さんは横浜で生まれた。家の近くにあった横浜銀行に就職した中村さんは、銀行員生活のかたわら観光学や交通学を深め、「横浜学」を提唱。財団法人はまぎん産業文化振興財団初代事務局長になり、退職後は東北文化学園大学総合政策学部長などを経て、現在は神奈川県立保健福祉大学非常勤講師や横浜プロバス倶楽部会長などを務めている。プロバス倶楽部はイギリス発祥の社会奉仕団体で、退職後の専門家(プロ)と実業家(ビジネスマン)が主な会員、全国に130余のクラブがある。