わが国のがん対策の現状と今後の課題 がん対策推進協議会会長 門田守人氏
病院完結型から地域完結型医療へ
政治評論家で元厚生政務次官の長野祏也氏が主宰する「新世紀医療政策研究会」が18日、都内で行われ、がん治療ではわが国の第一人者であるがん対策推進協議会会長門田守人氏が「わが国のがん対策の現状と今後の課題」をテーマに講演した。以下はその講演要旨。
ネットワーク型地域連携を
死に至る病から脱出/5年生存率、6割に
進化するがん医療

もんでんもりと 1945年、広島県生まれ。大阪大学医学部卒。大阪大学教授。大阪大学医学部附属病院副病院長。大阪大学理事・副学長。公益財団法人がん研究会有明病院院長。2011年よりがん対策推進協議会会長
がん医療は外科からスタートした。
われわれ人類歴史は古くから長いこと続いていると思っているが、外科の歴史はわずか150年の歴史でしかない。胃がん手術が、初めて行われたのは1881年のこと。それから、わずか120年程度の間に、がんは手術で助かる時代に入った。
医療全体が発達し、心臓手術や臓器移植ができる時代になった。さらに今では人工臓器や再生医療の時代に入ろうとしている。濃縮されたわずかの間の進歩だ。
ただ、がん死亡者数は増え続けている。これはわが国の高齢りかん化が原因だ。高齢者のがん罹患率が高いのは仕方がない。男女別では男性は胃がんや肝臓がんの死亡率が減少傾向にある。一方、女性は乳がんが増加傾向にある。
大きな課題として残っているすいぞう中に、膵臓がんがある。膵臓がんだけは、他と違ってこれという治療法が確立されたとはいえない状況にある。なお、がんに罹患しても5年以上生存する5年生存率は右肩上がりに上昇してきている。
がんは「死に至る病」とされてきたが、悪性腫瘍全体の5年生存率は6割近くになってきている。ただ、胃がんだけは、1990年代から5年生存率は約6割のまま足踏みしており、進歩していると言いつつも、5年生存率ではほとんど変わっていない。肺がんの5年生存率は、悪いながらも右肩上がりに上がってきている。膵臓がんは、全くよくなっていない。5年生存率は10%もない状態のままだ。
ステージ別だと、がん全体でもステージⅠで見つかると、9割の人が5年以上、生存できる。ステージⅡでも8割。それが前立腺がんだとステージⅠ、Ⅱ、Ⅲでも5年生存率はほぼ100%となっている。
だからステージⅠで見つけるようにすることが、いかに大事けいもうか分かる。国民全体への啓蒙活動が重要となる。
乳がんは治療法そのものが変わってきている。昔は手術した後は、大胸筋も切除するため洗濯板のようになった。今ではどこを手術したのか分からない。乳房温存手術という傷のない手術、患者にやさしい医療が進んでいる。また手術支援ロボットが登場する時代になった。
がん治療には、放射線治療というのがある。コンピューター制御することによって、放射線をかけてはならないところを外して治療できるようになっている。なお、普通の抗がん剤というのは、細胞が分裂していれば効果が出るため、効果と同時に副作用も出てくる。今では分子標的薬が次々と開発されている。
がん対策の歩み
わが国では1981年、がんが死因のトップになった。がん研究会ができたのは1908年と、相当古い。この当時、がんは大きな問題ではなく、結核のほうが深刻な問題だった。
1962年に国立がんセンターができる。2006年に成立したがん対策基本法のポイントは、情報格差、医療格差問題を抱える中、差別なくどこでもがきんてんん医療を受けられる均霑化の促進だった。
2007年からの基本計画では、全体目標としてがんによる死亡率を10年で20%減少させることが設定された。もう一つは、すべてのがん患者と家族の苦痛軽減を掲げた。それを実現するため、治療早期からの緩和ケア、化学療法や放射線治療などの充実が注目されるようになった。また、がん登録の必要性も認識された。
第1期基本計画から5年経過し、がん専門医の数だけはどんどん増えたものの、それ以外、さほど大きな前進はない。喫煙率を下げれば、がんが減るとされるものの、現実にはさほど喫煙率は下がっていない。また、検察受診率も上がっていない。そこで第2期基本計画では「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」を全体目標として追加し、社会全体でのがん対策を目指すことにした。
がん医療の今後の課題
個人的な見解として、がん医療の今後の課題を考えてみたい。がん治療の基本第1計画は、死亡率を下げ緩和ケアの導入だった。第2計画で特筆されるのは、社会体制を含めてがん対策を考えるという基本的な考え方のパラダイムが変化したことだ。
今までの考え方というのは平面的だった。忘れてならないのは、社会的次元での取り組みであり、時間軸での考察だ。とりわけ時間軸による視点は、これまでほとんど触れられていない部分だ。問題意識としては、このまま超高齢社会が進行していくと、2025年、2055年には国民医療費を含めどうなるのかというものだ。社会保障制度改革国民会議が平成25年8月6日に出した報告書では、以下の3点が強調された。
①医療・介護分野の改革で、高齢化の進展により、疾病構造の変化を通じ、必要とされる医療の内容は、「病院完結型」から、地域全体で治し、支える「地域完結型」に変わらざるを得ない。
②医療改革は、提供型と利用者側が一体となって実現されるもの。「必要なときに必要な医療にアクセスできる」という意味でのフリーアクセスを守るためには、穏やかなゲートキーパー機能を備えた「かかりつけ医」の普及が必須。
③医療を利用するすべての国民の協力と国民の意識の変化が求められる。
これまでの日本では、高度成長期までほとんどの人が健康体だった。健康体から落ちこぼれた一部の個別疾患の治療を目的とした医療が必要となり、その結果として大小さまざまな病院など急性期病院中心の医療体制が整備されてきた経緯がある。特化し細分化された専門医による治療体制が問われ、今、言われだされているような全人的医療ではなく病院完結型医療体制だった。
わが国の医療機器保有数を見ると、2012年データで人口当たりCT(コンピューター断層撮影装置)保有台数は、世界で1位の日本がドイツの5倍。人口当たりMRI(磁気共鳴画像装置)保有台数でも日本は1位でドイツの4倍だ。こういう高額医療機械を導入すれば、経済のボリュームはアップする。こうした大型機械を個別の病院は入れ、本当に必要な医療かどうかというより、こういうものを認める状態でやってきた。
陽子線や重粒子線治療センターといった大型の粒子線医療機器にしても、何ら計画性もなく設置されているのが現状である。
医療は非常に大きな問題があると言いながら、こうした基本的なことに対する問題意識が欠落している。高度成長期には少なかった非健康者が今では、どんどん増えてきている。高齢者、障害者が増え、医療、介護の問題が出てきている。しかし、病院中心の医療体制は高度成長期のまま旧態依然だ。
これからは各病院の囲いを外し、ネットワーク型の地域連携を推進する必要がある。これまでの病院完結型ではなく、地域で完結する医療体系をつくっていかないといけない。
今までは一つの病院でよかったのだが、病気だけではなく患者を中心としたトータルケアのできる医療提供体制が必要になる。そのためには関係諸機関が地域連携の下での医療提供体制、ならびに社会環境づくりが大切になる。
今のような、自分の専門分野しか診れない専門医師ではなく、患者のトータルケアができる総合診療専門医による医療・ケアが問われてくる時代になっている。そして、患者や社会が協働する医療であり社会体制を構築する必要がある。
今までのイノベーションは、いわゆる「いい薬にいい機械」といった技術革新のイノベーションだった。ところが医療というのは、そういう外的なものだけではできない。今から必要なのは、技術の進歩と同時に変化する社会に適応できる体制づくりだ。テクノロジーだけでなく、社会全体を変えていくソーシャルイノベーションに取り組む必要がある。