集団的自衛権と日本の安全保障 座談会(上)


 安倍政権は、集団的自衛権の行使を限定的に容認する閣議決定を行い、日本の安全保障は新たな段階に入った。そのための法制化も急がれている。そこで、中谷元・元防衛庁長官(自民党衆議院議員)、吉原恒雄・元拓殖大学教授、世界日報論説主幹の黒木正博が「集団的自衛権と日本の安全保障」をテーマに話し合った。

待ったなしの安保体制構築

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座談会に出席した中谷元・元防衛庁長官(中央)、吉原恒雄・元拓殖大学教授(左)と世界日報論説主幹の黒木正博=衆院第2議員会館

 黒木 長年の懸案でしたが安倍内閣の下で一歩踏み出し、集団的自衛権の限定的容認の閣議決定がなされました。この閣議決定の意義からお話しください。

 中谷 国家の安全保障体制を作る上において、待ったなしの事項でした。今のままで本当に日本の国の安全が守れるのか、そして国際貢献面で世界から評価される体制になっているのかと言われれば欠落した部分があった。それを補備修正したということです。

 終戦後、当初は連合国軍総司令部(GHQ)に占領されていたので、国の安全保障を考える必要はなかったのですが、主権を回復後、警察予備隊、保安隊、自衛隊と創設され、国の独立を守るために必要最小限度で、かつ、戦力にはなってはいけないという憲法上の制約がつけられました。

500 ようやく昭和32年に国防の基本方針ができ、その後、国会の論戦などで武力の行使、すなわち自衛の措置の3要件が作られ、①急迫不正の侵害があった②ほかに手段がない③必要最小限度―ということで昭和47年に閣議決定されました。個別的自衛権は必要最小限度の範囲内であるが、集団的自衛権はそれを超えるものであるという解釈が確立されました。当時はそれでもよかったのですが、それから40年経過して冷戦も終わり、テロのような新たな脅威も出てきました。中国、北朝鮮を中心としたアジア情勢も変わってきて、直ちに対処しなければいけません。本来なら憲法改正という手段で国民投票にかけるのが筋ですが、それでは間に合わない。そこで憲法解釈を見直し、その必要なところを補ったというのが現実です。

 吉原 困った時には必ず助けてくれと頼む。しかし、相手が困って助けてくれと言われても知らん顔していたら、自分が困った時に助けてくれるだろうか。それも憲法解釈を口実に、つまり「タダメシ、タダ酒を飲むのが家訓」といったたぐいの言い訳で社会を乗り切っていけるのかといえば、国内社会でも国際社会でも相手にされないでしょう。

 左翼勢力は「米国の戦争に日本が利用される」と盛んに言います。しかし、日米関係の実態を念頭に置けば「米国を日本の戦争に必ず巻き込まなければならない」状況にあります。自衛隊には攻撃力が全くなきに等しいからです。従って、現実に日本が米国を助けるケースは極めて少ないでしょう。

 しかし、日米間ではお互いに助け、助けられるという関係を築いておく必要があります。冷戦が終わったが故に、同盟の信頼性、永続性は低下傾向にあることを念頭に置いて対処しなければなりません。日本の場合、律令政治当時から法で決めるという習慣があるので、この問題も閣議決定をしたこと自体は評価できると思います。

積極貢献 新たな段階へ

必ず理解得られると確信 中 谷

世論調査結果を活用せよ 吉 原

不可欠だった問題の提起 黒 木

感謝され誇りを持つ自衛官 中 谷

リスク伴う行動でこそ評価 吉 原

法制化への課題を克服せよ 黒 木

 黒木 今回の閣議決定後の各種世論調査を見ると、(安倍内閣の)支持率が下がったという結果が出ていますが、これは、ある意味避けられなかったと言えるでしょう。今まで米国の庇護(ひご)下にあった日本の安全が国際情勢の厳しい状況下になって、やはり集団的自衛権がないと守れないのではないかという問題を安倍首相が提起しました。しかし、今までの流れがあり、新しいものに対して戸惑いなり疑問なり不安が、国民の中にあったわけで、これは新しいものに対する一つの“通過儀礼”とでも言えます。この問題の提起自体は今後の日本の防衛にとって不可欠であったと、これは評価しています。

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中谷 元(なかたに げん)1957年生まれ。防衛大学校卒。陸上自衛隊。90年、衆議院議員初当選。自民党国防部会長、防衛庁長官などを歴任、現在、衆院憲法審査会幹事、党副幹事長(特命担当)など。高知県出身。当選8回。

 中谷 国にはやっておかなければならないことがあり、税金もそうです。国家財政を考えれば不人気でもやらなければならないことがあります。同じように安全保障においても、国民を守るためにやっておかなければならないことがあり、これがその一つなのです。

 しかし、今、30%ほどの理解なんですが、私はよくこれだけの人が分かってくれていると感謝しています。というのは、自衛隊を創設する時にも、国連平和維持活動(PKO)で自衛隊を国外に出す時にも、さんざん批判をされた中でもしっかり対応してきて今の平和と繁栄があるわけです。我々としては日本の安全保障のために必要だという確信と信念を持ってやっていますので、必ず理解していただけるものだと信じています。

 吉原 政治を行う際に世論をどう考えるか。大衆社会では世論を無視して政治はできません。ただ、世論と世論調査の結果を同一視していいのかどうかという問題と共に、世論(調査)の結果をそのまま政治に反映させることには、疑問があります。

 ウォルター・リップマンをはじめとした欧米の世論研究家は、世論調査の結果通りに政治を行ってはならないと説いています。一般国民は日ごろ、国際問題について無関心で、無責任な態度を取りがちだからです。調査結果が特定の政策実行に否定的であったとすれば、それは政府の啓蒙(けいもう)が不十分だということになります。それ故、世論調査結果は、この政策が何故必要であるかということを詳しく国民に説明するための出発点と言えます。

 黒木 世論調査結果への対応にもっと工夫が必要ですね。

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吉原 恒雄(よしはら つねお)1940年生まれ。関西学院大学卒。時事通信社入社。政治部、海外部次長等を経て、県立広島女子大学国際文化学部教授。99年以降、拓殖大学国際学部・同大学院教授。2011年退任。著書に『日本の安全保障と各党の防衛政策』など。

 吉原 今回、集団的自衛権に限定的容認を受けて実施された世論調査の結果が非常に安倍内閣に厳しくなった背景には、一部のマスメディアの報道姿勢にあります。かつて日本共産党にはアジ・プロ部がありました。アジテーション(扇動)とプロパガンダ(謀略宣伝)を専門にやるセクションです。

 今日では、それに代わって一部の大手新聞が、おおよそ報道とはいえないようなアジテーション、プロパガンダをやっています。これは日本のマスメディアだけでなく、日本政治の将来にとっても極めて不幸なことです。いずれにしろ、政府は今回の件で世論対策を適切に行ったのかどうか、私は大いに疑問に思っています。

 その一方、政府・自民党が集団的自衛権行使について、公明党の要求や世論への配慮のために「限定的容認」という、理屈に合わない譲歩をしたことも、逆に国民の不安を招いた面もあると言えます。

 黒木 集団的自衛権という問題は、やっと安倍内閣の時になって本格的に出てきた問題ですから国民としても非常になじみが薄かったと思います。ですから集団的自衛権というと、全部で日本が外に出て行って何かやらざるを得ないというモードで宣伝されてますし、片や個別的自衛権なら自分一国だけ守るからいいではないかという言葉のあやによってかなり論議が捻じ曲がってしまっているというきらいがあります。そこは政府あるいは与党がきちんと国民に対して、もっとあらゆる機会を通じて説明していく必要があるでしょう。

 今後、いろいろと法制化していくことが課題になってきます。どういうところをポイントとし克服すべきだと思いますか。

 中谷 今回は限定的集団的自衛権容認論ということで、わが国の防衛に関して他国を守る集団的自衛権を認めました。しかし他国を防衛するための集団的自衛権は認めてないということで制限を掛けてますが、本来はいずれの国も他国を守るための自衛権というものも当然あって、これは他衛は自衛である、相手を助ければ自分も助かるという、いわゆる自然権の自衛権です。ですから、この部分は、まだそこまで憲法解釈がされていなかったということです。

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黒木正博・世界日報論説主幹

 もう一つは集団安全保障の中で、世界の平和を保つために紛争を予防し、また停止をさせるという意味ではある程度のプレゼンス、力が入り込んで両者を調停する必要があります。ただ、日本以外の国は国連の活動ということでそういうことまでやっていますが、日本は警戒監視もダメ、治安もダメ、武装解除などのオペレーションもダメということで、そういった実践を伴うようなことについては全て禁止されてますし、また戦闘地域にも入ってはダメだということです。本来の目的は世界平和であるし、紛争を防止するという非常に崇高な活動ですけど、その辺についてはまだ答えは出していません。とはいえ、そうした現場で今でも制約された中でも水を供給したり、医療をしたり、道路を直したり、そういうことですら非常に感謝されているわけです。そして自衛官も非常に誇りを持ってやっています。

 それも国民の皆さんから負託を受けて期待をされて初めて成り立つわけです。これは必要で誰かがやらなければならないわけですので、そういう点の報道とか理解、これも必要じゃないかなと思います。

 吉原 国際社会においては金持ちがカネを出しても評価されません。イスラム教文化圏の場合はカネを出すのは義務ですらあります。キリスト教文化圏でもそうです。仏教文化圏でも、東南アジアに多い小乗仏教国では、同じような状況にあります。それら諸国では、金持ちは「リスクを伴う行動」を取って始めて評価されるのです。

 日本はドイツとともに湾岸戦争の戦費の大半を支出しましたが、クウェートが戦後、米国などのメディアに出した感謝広告の中に「ジャパン」は出てこなかった。これは当然です。日本が貧乏な国でカネを苦労して捻出したならば評価されますが、世界有数の富裕国だからです。ちなみに、湾岸戦争の後に派遣した掃海部隊は感謝され、隊員は勲章をもらって帰ってきました。欧米においては、「ノーブレス・オブリージュ」といって身分の高い者ほど戦いになったら真っ先に戦場に駆け付ける義務があります。

 日本は、第2次大戦後の戦災立て直し時期は貧しかったから、国際社会の平和構築への貢献について大目に見てもらえました。だから他国の汗と血で築かれた平和をエンジョイできました。しかし、国力が回復した現在、平和を確立するための一端を担うことが要請されています。それに気付いてない人が多いと思いますね。

 中谷 元(なかたに げん)1957年生まれ。防衛大学校卒。陸上自衛隊。90年、衆議院議員初当選。自民党国防部会長、防衛庁長官などを歴任、現在、衆院憲法審査会幹事、党副幹事長(特命担当)など。高知県出身。当選8回。

吉原 恒雄(よしはら つねお)1940年生まれ。関西学院大学卒。時事通信社入社。政治部、海外部次長等を経て、県立広島女子大学国際文化学部教授。99年以降、拓殖大学国際学部・同大学院教授。2011年退任。著書に『日本の安全保障と各党の防衛政策』など。