インド総選挙と日本 大阪国際大名誉教授 岡本幸治氏に聞く

 世界最大のインドの総選挙は4月7日から5月12日までが投票で、16日に開票されるが、国民会議派からインド人民党(BJP)への10年ぶりの政権交代が予想されている。注目されているBJPの首相候補、ナレンドラ・モディ・グジャラート州首相と選挙戦の動向、選挙後のインドと日本について、岡本幸治氏に伺った。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

経済自由化を推進/容易になる外資進出

日本の技術力に期待/我が国は海洋アジア連合を目指せ

400 ――インド総選挙の予想は?

 最大野党のBJPが勝つだろうが、過半数を獲得するには至らないだろう。その要因の一つは、選挙民の13~14%を占めるイスラム教徒の票が取れないことだ。BJPの首相候補、インド西部グジャラート州首相のナレンドラ・モディは、同州で2002年にヒンズー教徒がイスラム教徒を襲撃する事件が起きた際、千人以上が犠牲になったのに、積極的に対応しなかったとして非難されている。

 さらに、最近は州レベルの政情が複雑になり、地方政党が台頭して中央にも進出している。インドの全国政党は国民会議派とBJPだが、1990年代後半以降は、そのいずれかが1ダースから2ダースもの地方政党と連合し、ようやく議会の多数を占めている。

 ――国民会議派が支持を落としている理由は?

 第一が経済不振で、成長率はリーマン・ショックの前には3年連続で9%台あったのが、以後は6%台以下、2013年度は5%を切ったようだ。規制緩和が進まず、外資導入が伸びない。電力に交通、水道などのインフラ整備も遅れている。経常収支・貿易収支の赤字体質は変わらず、ルピー安で輸入物資の価格が上昇した。欧米が景気低迷で投資を引き揚げたりして、雇用増にも不安がある。

 インドは人口構成がピラミッド型で、25歳以下が人口の半分強を占めている。これは長期の経済展望ではプラス評価だが、増え続ける若者に雇用が追い付かないと、社会不安、政治不安にもつながる。雇用は増えても低賃金の非正規雇用が多く、現政権は若者の支持も失っている。物価上昇は続いているのでインフレ状態にあり、それが貧困層を直撃している。

 ――国民会議派の首相候補は?

 81歳のマンモハン・シン首相は引退するので、初代首相ネルーのひ孫に当たる43歳のラフル・ガンジー副総裁に後継首相を期待しているが、彼は実績と魅力に欠ける。幹事長時代に選挙キャンペーンを行ってきたが、デリー首都圏に隣接し、人口が日本の総人口を上回るウッタルプラデーシュ州でも敗北した。若者にもあまり人気がない。

 ――最近は地方政党が躍進している。

 デリー首都圏の昨年暮れの地方選挙では、トップはBJPだが、2位に庶民党が躍り出て、会議派は大敗した。庶民党は12年11月に結成された新政党で、汚職批判で人気を集めた。独立後、インドは国民会議派が長期政権を担い、これまで汚職はあったがあまり問題にならなかった。しかし近年、汚職に対する国民の関心が高まり、庶民党のアルビンド・ケジリワル党首が汚職抗議の断食をすると、メディアが大きく報道する。明らかにマハトマ・ガンジーのスタイルで、ガンジーのように庶民のための政治を訴えて票を伸ばした。

 その後、庶民党は批判していた国民会議派と手を組んで、ケジリワルが首都圏首相に就任した。そして厳しい反汚職法をデリー首都圏で成立させようとしたが、与党の会議派が反対したため、今年2月14日に辞任した。会議派は、既に国会で反汚職法が成立しているので、州法で定める必要はないとしていた。庶民党は他にも、水道料金や電気料金を一定額まで無料にするなど、貧困層に向けたポピュリズム政策が目立つ。

 庶民党はデリーでの人気をバネに全国区に打って出ようと、453議席に300人以上の候補者を立てた。成功すると、第3の全国政党になるかもしれない。2カ月で政権を放り出したことに強い批判もあるが、庶民党は今が全国支持拡大のチャンスだとみて、総選挙に力を入れている。しかし、他にこれという政策はなく、庶民党がデリー以外の州で躍進することはないだろう。

 ――モディ首相はグジャラート州で経済成長10%以上を達成し、清潔さでも評価されている。

 モディ首相は経済特区を設け、電力などインフラ整備も進め、日本企業の誘致にも実績を上げている。タタ・モーターズが08年に市販を始めた約30万円の小型乗用車タタ・ナノは、当初、左派共産党が政権を握る西ベンガル州のコルカタ近くの工場で製造を予定していた。ところが、用地買収をめぐり地元農民が抗議運動を起こしたため苦境に立った。その時、用地提供を申し出たのがモディ首相で、グジャラート州サナンドに新工場が建設された。

 モディの主張は、グジャラート州の成功例をインド全土で展開することだ。産業界も大賛成で、千社以上進出している日本企業をはじめ、外資の多くもモディに期待している。許認可手続きの簡素化などの規制緩和も、グジャラート州で断行した。会議派政権が踏み切れなかった外資の大型スーパー進出も、BJPは反対だがモディなら認めるだろうと期待されている。

 ――国民会議派とBJPの政治的立場の相違は?

 大雑把に言うと、会議派はネルー以来社会主義に好意的で、娘のインディラ・ガンジー首相は親ソ政策を取り、銀行も国営化した。不可触民やムスリムが伝統的な支持者だった。

 それに対してBJPはヒンズー教中心の保守派で、有力な支持団体である民族奉仕団(RSS)は、インドはヒンズーの国家だと主張し反イスラムだ。モディはRSSの出身なので、ヒンズー色の強い政策を取るのではないかと、欧米諸国やパキスタンに懸念されている。もっとも、国民の広い支持を得るためにRSSと距離を置こうとするBJP幹部もいる。モディ家は紅茶を売る下層カーストで、バラモンのネルー家とは体質が異なる。

 ――選挙後のインドと日本は?

 BJPが連立政権を組み、モディが首相になるだろう。彼は経済自由化政策で規制緩和が進み、外資の進出が容易になると期待される。

 インドが90年代に唱えたルックイースト政策は、まずアセアンとの関係強化を視野に入れたものだった。インドとアセアンとの間には自由貿易協定があるので、アセアン製の部品・製品をインドに輸出する日本企業が伸びている。インド経済の課題は、第三次産業に比べて弱い製造業にある。インドは技術力のある日本の中小企業の進出にも大いに期待している。

 日本外交はこれまで東アジア共同体づくりに熱心だったが、日本は歴史上、大陸に深入りして成功したためしがない。海洋国家日本は中華経済圏よりも「海洋アジア連合」を目指すべきだ。韓国・台湾からアセアン・インドを結ぶ海洋アジア連合の両端を支える日印が、経済だけでなく政治・外交・安全保障関係を強化する。これが、アジアの繁栄と安定にとって重要だ。

 三井物産勤務を経て大学教員になった岡本幸治氏は、ビジネスも研究対象の一つとして、毎年、経済人などから成る訪印団を引率し、インド各地を訪れている。1970年代にインド国立ジャワハルラール・ネルー大学で日本政治について講義した経験があり、大阪府立大学、愛媛大学などを経て現在は大阪国際大名誉教授。日印の経済人や旧軍人などの民間交流にも貢献し、NPO日印友好協会理事長、21世紀日本アジア協会常務理事・事務局長、アジアネット代表などを務めている。著書に『インド世界を読む』『インド亜大陸の変貌』『評伝 北一輝』『凸型西洋文化の死角』などがある。