モンゴルは北朝鮮を知る穴場 山梨学院大学教授 宮塚利雄氏に聞く

モンゴルとの交流深化を

 モンゴルは北朝鮮の数少ない友好国の一つで、食糧支援を行うほか北朝鮮の出稼ぎ労働者を受け入れている。昨年、モンゴルを訪問し、その実態を調べた宮塚利雄山梨学院大教授は、拉致問題解決に手詰まり状態の日本政府に、親日的なモンゴルを通じて北朝鮮にアプローチする方法もあると提言している。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

北朝鮮からの出稼ぎ急増/まじめで高い勤労意欲

対北朝鮮交渉の糸口探れ/拉致問題で仲介の労も

400 ――モンゴルで北朝鮮の状況が分かるのか?

 北朝鮮の研究仲間では、モンゴルは北朝鮮を知る穴場だと言われている。昨年9月、モンゴルの首都ウランバートルで、モンゴル一の北朝鮮通と言われるバーバル・バトバヤル・モンゴル北東アジア協会会長(元大蔵大臣)に会ったところ、「北朝鮮からの食糧援助の要請があり、7月に私が米2000㌧、肉10㌧を持って平壌に行って来た」と言う。

 もっとも「北朝鮮の食糧不足は40万㌧のようだから、微々たる援助で、輸送費の方が高くついたかもしれない」と苦笑していた。バーバル氏は日本との経済交流でよく来日しており、日本人の知人も多い。

 バーバル氏はまた「モンゴルはまだまだ貧しい国だが、現在では北朝鮮やミャンマーなどに援助するようになった。北朝鮮も友好国なので、食糧不足で困っているなら援助するのが当然だと思う」と語っていた。9月19日にモンゴル外務省は「北朝鮮に小麦粉1850㌧を人道支援として送った」と発表した。

 ――モンゴルと北朝鮮との友好関係はいつから?

 北朝鮮が独立したのは1948年9月9日で、モンゴルは当時のソ連に次いで承認し、国交を樹立した。そのためか、平壌を走るモンゴルの外交官の車のナンバーには②が付けられている。ちなみに①はロシア、③は中国で、中国は3番目に北朝鮮を承認した。

 朝鮮戦争ではモンゴルは北朝鮮を支援して参戦し、戦後は、北朝鮮の戦争孤児300人を引き取って養育した。1985年には友好協力条約を締結して関係を深め、88年には金日成主席がモンゴルを訪問している。

 北朝鮮大使館員の偽ドル所持事件でモンゴル政府が大使館員を国外退去させ、関係が一時冷却したこともあったが、現在では人的交流も盛んになっている。

 目立つのは北朝鮮からの出稼ぎ労働者だ。特に近年は、急速な経済発展で慢性的な労働力不足になっているモンゴルに、北朝鮮の出稼ぎ労働者が増えている。

 昨年10月、北朝鮮を訪問したエルベグドルジ大統領が、31日の金日成総合大学での講演で「専制政治は長く続かない」と語った。私は事前に大統領の訪朝はバーバル氏から聞いていたが、後にモンゴル政府のホームページによると、「いかなる暴政も永遠に持続できない。人間は自由な暮らしを熱望し、これは永遠の力だ」と話したという。

 大統領はモンゴルについて、「人権と自由を尊重する国であり、法治主義を支持し、開放政策を追求する」「21年前に非核地帯であることを宣言し、(核ではなく)政治的・外交的・経済的方法で国家の安全保障を確保する道を選択した」と強調した。北朝鮮の政治を批判するもので、かなり思い切った発言だ。

 朝鮮中央通信は、同大統領が講演でモンゴルの政治、経済、歴史について言及したと報じたが、具体的な内容については明らかにしていない。金正恩第一書記との会談はできなかったが、外交問題に発展しなかったのは、モンゴルからの食糧援助などが途絶えると困るのは北朝鮮だからだ。

 大統領がそんな発言をするくらいだから、朝鮮総聯本部ビルの入札で最も高い価格をつけたモンゴルのアバール社について、モンゴル政府は関与していないというのは事実だろう。

 ――北朝鮮は労働力を輸出しているのか?

 北朝鮮が外貨を獲得できる大半は、中国への鉄鉱石や無煙炭の輸出だが、最近はこれら鉱物資源の国際価格が下落したため、外貨収入が減少している。

 さらに、金剛山観光が中断し、開城工業団地も一時閉鎖されていたので、韓国からの外貨収入が縮小した。そのため、金正恩政権は統治資金を獲得するため、外国への労働者派遣を進めている。

 北朝鮮が外国に派遣した労働者は、2011年には3万6000人だったが、13年には4万6000人に達している。派遣先は、中国、ロシア、モンゴル、中東など40カ国余り。業種は、建設、道路敷設、伐木、サービス業、食堂、医療関係など幅広い。

 バーバル氏も大蔵大臣時代に5000人の北朝鮮労働者を受け入れたが、未経験で役に立たない人も交じっていて困ったそうだ。現在、ウランバートルには北朝鮮労働者のための建築講習学校が二つあり、2000人以上の労働者を受け入れ、数百人は道路の敷設工事に従事しているという。

 ただ、バーバル氏によると、北朝鮮の労働者派遣機関やモンゴル政府の労働者受け入れ機関の幹部による労賃のピンハネがひどく、「労賃の7~8割には及ぶだろう」と言う。「それでも北朝鮮の労働者は白米を腹いっぱい食べられるだけでも満足で、中国人労働者に比べてはるかに真面目だ」と感心していた。何しろ、中国の農村に売られた北朝鮮の女性が、犬が残飯の肉を食べているのを見てびっくりしたというくらいだ。

 私は中国の図們市経済特区に出稼ぎに来ている北朝鮮の女性労働者を調べたことがあるが、様々な名目でピンハネされ、手元に残るのは給与の1~2割だった。そこから生活費を切り詰め、残りを北朝鮮の家族に送ると言っていたが、モンゴルの北朝鮮労働者も同じような境遇なのであろう。

 モンゴルでは10月になると寒さのため、ほとんどの建設工事や道路工事は中断される。これらの現場で働いていた北朝鮮の労働者は失業する羽目になるのだが、ウランバートル市内は車の洪水で、ゴビ砂漠からの黄砂や舞い上がる埃(ほこり)のため毎日のように洗車しなければならない。そこで、北朝鮮の労働者の多くが、モンゴル人の嫌う洗車場などで働いていた。中国人は要領がよくて雑だが、北朝鮮人は真面目だと評判がいい。

 経済進出の第一は中国、次が韓国、日本は3位だが評判は一番だ。

 ――モンゴルは地下資源の宝庫だ。

 フレルバータル駐日大使によると、モンゴルの地下資源は「何があるかを聞くより、何がないかを聞く方が早い」というくらい豊富だ。オーストラリア系資源会社がゴビ砂漠のオユトルゴイ鉱山で銅鉱石を採掘し、中国に輸出している。問題は、地下資源の採掘や輸出、外資導入に必要な法制度が整備されていないことだ。バーバル氏は、日本に法制度の整備に関して支援を期待している。

 ――拉致問題の解決に向け、モンゴル政府に仲介を頼むことは可能か?

 北朝鮮にも駐在していたフレルバータル大使は、拉致問題について仲介の労を取る気持ちはあるとのことだった。日本はモンゴルとの関係を深めることで、北朝鮮に対する交渉の糸口も探るべきだと思う。

 北朝鮮の様々なグッズを収集し、長年にわたり中朝国境を定点観測していることで知られる宮塚教授だが、2012年8月、44回目の調査で初めて、中国の国境警備隊に、同行していた夫人と共に逮捕された。軍事管理区域に入ったとして連行され、日本政府の委託で情報収集をしていたのか、外交官特権を持っているかなど聞かれ、最終的には一人500元の罰金で釈放されたという。今回、モンゴルを訪問したのは昨年3月、韓国ソウルでの国際会議で北朝鮮問題について発表したところ、参加していたモンゴルの私立チンギス・ハーン大学学長が興味を持ち、話を交わしたのがきっかけで、同大と山梨学院大学との姉妹提携の話も進んでいるという。