和食が無形文化遺産に 精進料理研究家 藤井まりさんに聞く

背景にある哲学を評価

 このたび「和食 日本人の伝統的な食文化」がユネスコ(国連教育科学文化機関)により無形文化遺産に登録された。日本政府は「新鮮で多様な食材とその持ち味を尊重」「年中行事と密接に関連」などを特徴として和食を推薦。同遺産登録の意義を、世界各国で精進料理を紹介している藤井まりさんに伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

旬の食材 自然の滋養詰まる/世界各国で高まる関心

「一物全体」 食材を丸ごと使う/「身土不二」 地域の食材が一番

400 ――和食が無形文化遺産になりました。

 7年ほど前から海外で精進料理を教えてきている立場からは、遅すぎるというのが実感ですね。世界の人たちの和食に対する関心はとても強く、そもそも和食はヘルシーだとみんな思っています。まして私は精進料理という、背景に仏教の哲学がある料理を教えていることから、とりわけインテリ層に興味を持っていただいています。背景に哲学のある食文化は、世界にもほとんどありませんから。

 しばらく鎌倉に住み、総持寺などで精進料理を学んでいたフランス人の女性は、「フランスの料理本はおいしさの追求ばかりで、日本の本のように背景に哲学がないことに気付いた」と言っていました。

 昨年10月にソウルでスローフードの世界大会があり、韓国精進料理の第一人者・善財(ソンジェ)尼の招きで参加し、日韓精進料理の講習会を行いました。韓国でも精進料理への関心が高まっているようです。

 生活が豊かになると、人々が仕事などで忙しくなり、キムチなどの伝統料理を手作りする家庭が減っているので、政府も伝統料理重視の政策を打ち出しています。そういう点では日本と事情が似ていますね。

 ――和食の味は海外でどのように受け入れられているのですか。

 できるだけ素材の味を生かす料理は彼らも評価します。味付けで使う味噌、醤油の発酵調味料は海外でも手に入りますし、パリの人たちは味噌が好きで、白味噌と赤味噌の違いを知っている人も結構いて、飛行機では味噌スープのサービスに出合いました。

 11月には、中国・杭州の大学で日本の茶道を教えている先生に同行し、先生の教え子が開店を進めている精進料理レストランの試食作りをしてきました。

 中国でも富裕層は飽食の弊害で糖尿病などが増えていて、市内には精進料理の店が数軒あります。中国の精進料理は油を多く使うので、ヘルシーな日本の精進料理が人気を集めそうでした。

 ――和食は四季の変化や年中行事に密接に関連しています。

 それは四季がはっきりしている日本の良さで、季節の変わり目などの年中行事を大事にして、その折々の旬の食材を使って料理を作っています。お正月のおせち料理は、元は年に5回ある節句に作られる御節料理のことで、中国から伝わった五節供の行事に由来しています。それが奈良時代に朝廷で行われるようになり、後に庶民にも広まった。

 近年では、お雑煮を作る以外は正月に女性が料理を作らなくてもいいように、日持ちのするおせち料理が作られるようになったとも言われます。

 1月7日に食べる七草粥(がゆ)は、7種の野菜を入れたかゆで、邪気を払い万病を除くとされています。そうしたことだけでなく、正月祝いで疲れた胃を休め、冬場に不足しがちな野菜を食べるという実際的な意味もあります。

 ――藤井さんは食育も行っていますね。

 味覚研究の第一人者である伏木亨・京都大学教授は、味覚の基本は3歳くらいまでに決まるので、それまでに和食の味噌・醤油の味を覚えさせることが大切だと言っています。

 それがベースにあると、ジャンクフードがおいしいと思わなくなるので、その子を守ることになります。お母さんには頑張って子供たちにおふくろの味を擦り込んでほしいですね。

 おせち料理の講習をして、昆布やシイタケでだしを取ると、食べてみんなおいしいと言ってくれます。白味噌で和えると、砂糖を使わなくても、少しみりんを入れれば、甘みが出ます。ちゃんとだしを取って料理することの良さが分かると、家でもやってみたいとなりますね。

 ――子供たちが野菜作りを体験するのもいいですね。

 ピーマンは苦手な子供が多いのですが、ある小学校でプランターを使い、自分たちでピーマンを育てさせたところ、給食に出してもみんな食べたそうです。

 船橋市の栄養士は、子供たちにさやえんどうの筋を取らせて給食に出すと、残さないそうです。やはり、自分が手を掛けると、食事を大事にしようと思いますから。農村に1週間ほど滞在し、農業体験をしている小学校もあります。

 ――和食では旬の食材を大事にします。

 旬の食材には季節の自然の滋養が詰まっていて、風味もとてもいいのです。それを食べることで心も体も満たされ、元気になります。

 明治時代の軍医で食養学者の石塚左玄(さげん)は、「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食え」と言っています。春には、ふきのとうやうど、わらびなどの苦み成分が、冬の間にたまった脂肪分を溶かします。夏はトマトやきゅうり、なすなどが体の熱を取り、酢が食欲を刺激してくれます。

 秋は辛味の唐辛子や生姜(しょうが)を、芋類や栗(くり)、きのこ類と合わせて使うと、夏に弱った胃腸が元気になります。冬には根菜に油を使った料理で、冷えた体が温まります。

 春に岡山で、だしを取った鰆(さわら)茶漬けを頂いたことがあります。各地には季節ごとの旬の食材を使った郷土料理が残っています。地方で自然農法に挑戦している若者たちに出会うと、日本もまだ捨てたものではないと感じます。

 ――精進料理にはどんな思想があるのですか。

 仏教が基本で「殺生をしない」ため、動物のように追いかけると逃げるものは食材にしません。ただ牛乳は、お釈迦さまが悟りを開かれたときに乳粥を飲まれたことから、使ってもいいことになっています。

 また、にらやにんにくなど匂いの強いものも、修行の妨げになるとして使いません。和食にはそうした制限はありませんが。

 精進料理の精神は「一物全体」で、食材を全部使い切ることにあります。例えば、大根の皮は炒めてきんぴらに、干して切り干しにします。葉はゆがいて菜飯(なめし)にすれば、捨てるところがありません。「いのちを丸ごと頂く」や「もったいない」の思想ですね。

 「身土不二」は、人は生まれ育った風土と切り離せないので、地域の食材を使うのが一番いいという考えです。学校給食などでは、地域の食材を使うところが増えています。

 亡夫の宗哲は、師匠に「一枚の皿に天地を盛り込む気概を持て」と教えられたそうです。たとえ一品の料理でも、旬の材料を用意し、下ごしらえをし、目配り、気配りを欠かさず、なおかつ食べる人の口に合わせることが第一です。おもてなしの文化にもつながりますが、誰でもおいしいものを食べると嬉しくなるし、相手に喜んでもらうことが料理の基本です。

 藤井まりさんは鎌倉に不識庵を構え、「心と食」をライフワークに、家庭でできる精進料理を全国で教えながら、執筆や講演、学校での食育活動などを行っている。旬の食材を使い、心と体にいい料理を教えながら、背景にある禅の教えをやさしく語る。毎年、海外に出掛け、アメリカをはじめヨーロッパ、中東、アジアの各国で精進料理を紹介し、ロンドンやパリで定期的に講習会を開いている。和食や自然食レストランの指導・普及にも取り組み、著書に『いただきます』『心にやさしい精進料理』『百歳食』『鎌倉・不識庵の精進レシピ四季折々の祝い膳』『旬の禅ごはん』などがあり、英語で『The Enlightened Kitchen』を出している。