東電元幹部無罪、原発の安全性追求を怠るな
2011年3月の福島第1原発事故をめぐり、業務上過失致死傷罪に問われた東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人に対し、東京地裁は無罪を言い渡した。企業が関わる大事故で、経営トップの責任を問うことの難しさを示した。
判例を踏まえた判決
勝俣氏らは東京地検により2度不起訴となったが、一般国民で構成する検察審査会の議決で強制起訴され、裁判が行われていた。起訴内容は東日本大震災による津波の浸水で原発事故を発生させ、長時間避難を強いられた入院患者を死亡させるなどしたというもの。
最大の争点は、巨大津波を予見できたかどうかだった。検察官役の指定弁護士は、事故前に「最大15㍍超」の津波の可能性を指摘した試算を根拠に「予測を聞いた時点で安全対策を進める義務が生じた」と主張した。
これに対し判決は、試算の基となった政府機関の「長期評価」について「客観的に信頼性、具体性があったと認めるには合理的な疑いが残る」とした。その上で、津波発生の予見可能性を否定し、3人を無罪とした。事故を具体的に予見でき、必要な措置を講じれば避けられたと立証できない限り、刑事責任は問えないとする刑事裁判の基本に沿った判断で、評価できる。
しかし、3基の炉心溶融(メルトダウン)という、予想し得なかった重大事が起きたという事実は消せない。裁判の過程で、東電が原発の安全確保に最善を尽くしていたとはとても言えないことも明らかになった。
例えば、勝俣氏らが「最大15㍍超」の津波の可能性の情報を受けた時、予見はできないが、各種の危機予知、警報、事故防止システムの精度を高めようとする積極的な姿勢、その実行が必要だった。国会事故調査委員会が12年にまとめた報告書では「日本の原発は、いわば無防備のまま、3・11の日を迎えることとなった」と指摘している。日ごろの東電幹部の経営姿勢が表れたと言えまいか。
東電ホールディングスは判決後「原発の安全性強化に、不退転の決意で取り組む」とコメントした。事故前、原発施設の「安全神話」によってトラブルの存在すら認めない風潮が原子力業界に広まっていた。それでは安全性の強化はできない。小さな事故でも原因調査を徹底してこそ、大きな事故は防げる。それには組織の安全管理ネットワークの構築も急務だ。
一方、原発という巨大システム・建造物に関わる事故を防ぐには、国の責任も重大だ。国は原子力規制委員会の新規制基準を満たした原発の再稼働を進めるとしており、事故防止に向けて邁進(まいしん)する必要がある。そして万が一事故が起きた場合、国民の生命、財産を守り、責任を持って対処するという決意を新たにすべきだ。
国は原子力に自信を
事故前の政府の原子力委員会は、原子力の必要性と安全性を一方的に広報することが多かったが、賢明ではない。エネルギー問題や環境問題について、国民と対話するという姿勢を堅持し、自信を持って原子力問題に取り組んでほしい。