iPS脊髄移植、安全最優先で研究を進めたい


 健康な人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から神経の細胞を作り、脊髄損傷の患者に移植する慶応大チームによる臨床研究計画を、厚生労働省の専門部会が了承した。世界初の試みとなる。

 リハビリ以外に有効な治療法がない脊髄損傷で、新たな治療法確立への期待は大きい。安全最優先で研究を進めてほしい。

細胞約200万個を注入

 脊髄損傷は、背骨の中を通る神経の束(脊髄)が傷つき、手足などにまひがおこる。交通事故やスポーツ中のけがなどで新たに脊髄損傷となる患者は年間約5000人。損傷してから半年以上たった慢性期の患者は10万人以上とされる。

 脊髄損傷による運動や感覚の機能のまひを完全に回復させることは難しい。高齢者が転倒などで脊髄を損傷するケースも多く、患者数はさらに増えると予想されている。iPS細胞移植による治療法が確立すれば、患者にとっては朗報だ。

 臨床研究を行うのは、岡野栄之教授(生理学)と中村雅也教授(整形外科学)らのチームで、今秋にも移植を開始する。脊髄を損傷してから2~4週間が経過した「完全まひ」の状態の18歳以上の患者が対象となる。

 京都大から提供されるiPS細胞を神経のもととなる細胞に変えて、約200万個を損傷部に注入する。将来的には、回復が見込めない慢性期のうち、機能の一部が残っている「不全まひ」の患者が対象の臨床研究も行う計画だ。

 しかし、課題もある。iPS細胞の最大のリスクである腫瘍化だ。また背骨の中という狭い場所に移植するため、細胞が増殖するといったん回復した機能が失われるなどの悪影響が出やすいという。

 チームは腫瘍化を抑える薬剤を移植細胞に加えるなどの対策を講じるが、成果を焦らず、安全性と効果を十分に見極めることが求められる。

 脊髄損傷をめぐっては、初の再生医療製品が昨年12月に厚労省から条件・期限付きで承認された。患者自身の骨髄から取り出した「間葉系幹細胞」を培養して移植するものだ。ただ、この治療法に関しても慎重に経過を観察する必要があることに変わりはない。

 iPS細胞は、2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥京都大教授が開発。神経や筋肉、臓器など体のさまざまな組織になる能力を持つ細胞だ。これを使った再生医療は、さまざまな病気で臨床段階に入りつつある。

 パーキンソン病や目の難病である「加齢黄斑変性」の患者には、既に移植が行われた。大阪大は昨年5月に虚血性心筋症を対象にした臨床研究で国の了承を受け、年内にも移植を計画している。

長い目で見守りたい

 京都大iPS細胞研究所は13年度から、拒絶反応が起きにくい特殊な免疫タイプの人からiPS細胞を作って備蓄・提供している。20年度までに10種類のiPS細胞を作り、日本人の半数に拒絶反応を抑えて移植できる態勢を整備する予定だ。

 iPS細胞使用の再生医療の研究を長い目で見守りたい。