iPS心臓治療、安全確保に細心の注意を


 重い心臓病の患者に他人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から作った心臓の細胞を移植する大阪大の臨床研究計画を、厚生労働省の専門部会が大筋で了承した。

 阪大は年度内にも移植を実施して安全性と効果を検証する。新たな治療法の確立に向け、患者の安全を最優先に研究を進めてほしい。

心筋細胞のシートを移植

 この研究は、動脈硬化などで心臓の血管が詰まり、血液が十分届かなくなる虚血性心筋症で心不全になった患者3人を対象に行われる。京都大iPS細胞研究所(山中伸弥所長)が、健康な人の血液から作って備蓄しているiPS細胞を提供。阪大が心筋細胞に変化させ、直径数㌢のシート状にして患者の心臓に移植する。

 阪大では太ももの筋肉由来の細胞で作るシートも開発しているが、重症の患者への効果は低かった。今回の研究では、移植した細胞が出すたんぱく質によって心臓に新たな血管が生え、心機能が回復することが期待できるという。

 心臓病は日本人の死因で、がんに次ぐ2位。国内の心臓移植希望者は700人近いが、脳死者からの心臓提供数は年間50件前後だとされる。移植を待つ間に亡くなる患者も多い。

 iPS細胞による新たな治療法が確立されれば、心臓移植の必要な患者を減らせるだろう。また、原則として65歳以上の人は心臓移植の対象にならないため、高齢の患者にとっては福音になる可能性もある。阪大チームの澤芳樹教授(心臓血管外科)は「一人でも多くの患者を助けられるようにするため、これからがスタートだ」と述べた。

 iPS細胞は神経や筋肉、臓器など体のさまざまな組織になる能力を持つ細胞だ。皮膚や血液の細胞に数種類の遺伝子を送り込み、受精卵に近い状態に「初期化」して作る。

 けがや病気で失われた体の機能を回復させる再生医療のほか、患者の細胞を再現して新薬開発に利用することが期待されている。理化学研究所などは2014年、目の難病患者にiPS細胞を使った世界初の臨床研究を実施した。

 しかし心臓の場合、移植する細胞数は目の400倍の約1億個に上る。変化し切らなかったiPS細胞が混ざっていると腫瘍になる恐れがあるとも指摘されている。今回の臨床研究をめぐっては課題も多い。

 心臓は生命の維持に不可欠な臓器であり、研究には細心の注意が求められる。成果を焦るあまり、安全を揺るがすような事態が生じれば、iPS細胞への信頼を損なうことにもなりかねない。

分かりやすい説明を

 厚労省の部会は①当初の計画より重症の患者に対象を絞る②患者の同意説明文書を分かりやすく書き直す――ことを条件に研究を了承した。患者への丁寧な説明を促したことは妥当だと言える。国民に向け、治療経過の情報公開も積極的に行う必要がある。

 今回の研究への期待は大きいが、患者を救う安全な治療法の確立のためにも慎重に行ってほしい。