老人ホーム殺人、再発防止へ介護の状況改善を


 川崎市の老人ホームで高齢者3人が相次いでベランダから転落死した事件で、元職員の男が殺人容疑で逮捕された。3人を投げ落としたことを認めているという。

 職員による虐待が増加

 2014年11月に川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で87歳の入所者男性、12月には86歳と96歳の入所者女性が、いずれも未明に転落死した。3件とも元職員は発生時に当直としてホームにいた。介護の経験が浅く、「仕事上のストレスがあった」と話している。

 事件の背景には個人の資質だけでなく、介護現場の人手不足や苛酷な労働環境があるとみるべきだ。もちろんどのような事情があったとしても、こうした犯罪は決して許されない。しかし、事件の徹底解明とともに介護現場の状況改善がなければ、同じような悲劇が再び起こる恐れがある。

 厚生労働省によると、14年度の高齢者介護施設職員による虐待の件数は300件に上り、2年でほぼ倍増している。被害を受けた高齢者の8割近くに認知症があった。一方、施設は人手不足で、介護の知識や経験が十分でない人でも雇用せざるを得ない現実がある。職員の質の低下が虐待を招いていることは否めない。

 今回の事件が起きた老人ホームでも、職員の半数以上は介護経験が3年未満だった。事件当時、当直は3人態勢で仮眠の1人を除く実質2人で80室の入所者に対応することになっていた。こうした人員の配置で十分だったのか、施設の運営会社の判断も問われよう。

 この老人ホームでは今回の事件だけでなく、複数の職員による暴力や暴言があったほか、ナースコールを取り外して使えないようにするなどの虐待もあったとされる。川崎市は今月から3カ月間、介護報酬の支払いを停止するなどの行政処分を行っているが、社会全体で介護現場の課題に向き合わなければならない。

 介護職員の平均月収は約22万円で全産業平均を約11万円下回る。低賃金で職員が定着せず、人手不足に拍車を掛けている面もあろう。未経験者が働きながら知識や技術などを向上させられるような研修の仕組みも求められる。家族が入所者を施設任せにせず、足繁く通うことも安全確保につながろう。

 一方、今回の事件で疑問が残るのは警察の対応だ。神奈川県警は事件か事故か断定せず変死として扱い、3件目の発生まで関連付けた捜査は行わなかった。遺体は司法解剖も行われずに火葬された。

 しかし、被害者が転落したベランダには高さ1・2㍍の手すりがあった。被害者は3人とも要介護2~3で、自力で乗り越えるのは困難だったはずだ。警察がもっと早く適切な対応をしていれば、被害の拡大は防げた可能性がある。捜査の過程を検証すべきだ。

 官民で安心の実現を

 厚労省の推計によれば、今後人材確保策に取り組まなければ25年度時点で介護職員は37・7万人不足する。安心で充実した介護を実現するため、官民挙げての取り組みが求められる。

(2月20日付社説)