陸自情報漏洩 スパイ防止法が不可欠だ
陸上自衛隊の元陸将が在日ロシア大使館付元武官に内部資料の戦術教本を漏洩(ろうえい)した。元武官はロシア軍の情報機関GRU所属とみられ、スパイ活動と断じてよい。
折しも、特定秘密保護法が施行されて丸1年を迎えるが、同法だけでは情報保護体制が十分とは決して言えない。国民を危険にさらすスパイ活動を取り締まる法整備が不可欠だ。
中露朝の工作員が暗躍
この事件は1980年に宮永幸久陸将補(当時)がGRU所属のコズロフ大佐に自衛隊の秘密情報を漏洩した「宮永・コズロフ事件」を彷彿(ほうふつ)させる。同大佐はやすやすと帰国し、陸将補は自衛隊法違反で懲役1年の微罪扱いとされた。
このためスパイ防止法が必要だとの声が高まり、自民党は85年に同法案を国会に提出したものの、野党の反対で未成立に終わり、公安関係者から「スパイ天国」が続いていると警鐘が鳴らされてきた。
実際、冷戦後もロシアによるスパイ事件が続発している。2000年には海上自衛隊3佐が自衛隊の戦術情報、02年には元航空自衛官が米国製戦闘機の空対空ミサイル情報を漏洩した。08年には内閣情報調査室の職員が10年間も政府の内部情報を漏洩し続けた事件が発覚した。ロシア側はいずれも武官や通商代表部員などの肩書を持つGRU所属の軍事スパイだった。
ロシアだけでなく中国のスパイ活動も活発だ。07年には防衛庁元技官が潜水艦情報を漏洩したほか、自動車部品メーカー「デンソー」の中国人技師が同社の最高機密を盗み出す事件も起きている。北朝鮮もスパイ工作員を日本に多数潜入させ、拉致事件を引き起こした。近年、中国からのサイバー攻撃によるスパイ工作も多発している。
こうしたスパイ活動に対して海外ではどの国もスパイ防止法や国家機密法、刑法などに「スパイ罪」を設け、死刑まである重大犯罪として厳しく取り締まっている。例えば、スウェーデンは世界で最初に情報公開法を制定したが、その一方で刑法にスパイ罪を設け、厳罰で臨んでいる。
ところが、わが国にはスパイ行為を取り締まる法律が存在しない。特定秘密保護法にも取り締まり規定がない。これまで公安当局は適用できる法令を総動員して対応してきたが、事実上、野放し状態になってきた。北朝鮮の元工作員は「日本には簡単に侵入し、捕まっても微罪だから安心して活動できる」と証言している。
想起すべきは、罪刑法定主義が近代刑法の基本原則だということだ。あらかじめ犯罪の構成要件、刑罰を定めておかねば、いかなる行為も取り締まることができない。それが法治、民主主義国の原則だ。
だからスパイ行為を「犯罪」とする法律がなければ、スパイ行為は合法と判断され、外国情報機関に自由勝手なスパイ活動を許すことになる。事実、「スパイ天国」となってきた。
脅威対処へ制定急げ
東アジアの安全保障環境はますます厳しくなり、国際テロの脅威も迫っている。スパイ防止法の制定を急ぐべきだ。
(12月7日付社説)