記憶遺産、中国の一方的主張に反論を


 馳浩文部科学相は国連教育科学文化機関(ユネスコ)のボコバ事務局長と会談し、世界記憶遺産の選定過程に改善が見られなければ、分担金停止も含めた「あらゆる可能性を排除せず対応する」と述べて制度の改善を強く求めた。中国が申請した南京事件の資料が記憶遺産に登録されたことを受けてのものだ。

 日本は制度改善とともに南京事件資料の登録撤回をユネスコに促し、中国の一方的な主張にきちんと反論すべきだ。

南京事件資料を登録

 ボコバ事務局長は記憶遺産制度について「透明性が欠如している」と認め、選定過程見直しの検討に着手したと馳文科相に伝えた。南京事件の資料には、南京軍事法廷が戦後、日本人の戦犯を裁いた判決書などが含まれる。

 判決書は事件の犠牲者を「30万人以上」としている。一方、日本政府は「犠牲者数は諸説あり、確定していない」との立場で、外務省は資料について「完全性や真正性に問題があることは明らかだ」と指摘した。

 申請の事実が明らかになった昨年6月以降、日本は外交ルートで中国に対して「ユネスコを政治利用しようとしている」と抗議し、申請の取り下げを繰り返し要求してきた。だが、中国側は「結果が出るまで一切回答できない」と拒否し続けた。ユネスコの「お墨付き」を得て日本の「負の歴史」を宣伝し、貶める狙いがあるのは明らかだ。

 記憶遺産は、各国の申請案件を国際諮問委員会が希少性や真実性の観点から審査し、登録の是非を事務局長に勧告。事務局長が承認して決定する。日本はユネスコにも慎重な審議を要請してきた。国際機関として中立・公平であることが求められるユネスコが、南京事件資料を登録したことは容認できない。

 もっとも世界文化遺産などの審査と違い、記憶遺産の選考過程は公開されておらず、関係国が意見を述べる機会もない。国によって見解が分かれる事案について、調整する体制が整っていないのが実情だ。

 馳文科相がユネスコ総会での演説で「ガバナンスや透明性の向上を含む改善を早急に実現するよう議論を進める必要がある」と述べ、審査の中立性や透明性の確保を訴えたのは当然だ。今回の中国のような政治利用を防がなければならない。

 ただ、南京事件資料に直接言及しなかったことは残念だ。演説は、中国の主張に反論し、登録撤回を訴える絶好の機会だったのではないか。資料には、日本の専門家によって南京事件との関連が否定されている写真も含まれているという。日本の立場をきちんと発信しなければ、中国が増長しかねない。

 登録を決めたボコバ事務局長は中国と良好な関係にあるとされ、9月には北京での抗日戦争勝利記念行事にも出席した。次期国連事務総長の有力候補でもあり、登録によって安全保障理事会常任理事国である中国の支持を得ようとしたとの見方もある。

ユネスコは早急に改善を

 恣意(しい)的な運営が続けば、ユネスコへの信頼は失われよう。まずは早急に記憶遺産の制度改善に取り組む必要がある。

(11月8日付社説)