米の通信傍受、「知恵の戦い」の能力保有を
米国による日本の政府要人や官庁などの通信傍受が明らかになったことは、日本人の多くを驚かせた。だが、米国は独仏両国などにも行っていたことが既に明らかになっており、予想できたことである。
武力よりも重視する欧米
第1次世界大戦以降、戦いは「総力戦」となった。これは国際社会での国家の競い合いは、「武力」だけでなく、折からの情報伝達機器の発達を受けて「情報」の面でも活発化したことを意味する。
しかし、日本はこの大戦の主要当事国でなかったので、情報の戦いの重要性をほとんど認識していなかった。
世界の主要国の中で第2次大戦前、政府が秘密情報収集機関を保有しなかったのは、わが国だけだ。このため、国際社会で重大な情勢変化が起こる際、寝耳に水で不利な立場に置かれることが多かった。国際会議でも手の内を読まれた。先の大戦でも、情報の戦いが敗北の連続だったのはこのためだ。
欧米諸国は情報の戦いを「知恵の戦い」と称し、武力の戦いより重視している。だが、日本ではライバルの情報を密かに入手し、それを活用することを卑怯視する傾向が強い。それは現在でも変わっていない。この状況下で、同盟国の米国が我が国政府の情報を収集していたことに対し、一般国民のみならず政府も驚きを隠せなかったのも当然である。
情報戦はアングロサクソンが得意だ。第1次大戦で敗れたドイツの皇帝ウィルヘルム2世が「武力戦でなく、フリート街に敗れた」と言ったのは、必ずしも負け惜しみではない。因(ちな)みに、英国のフリート街には当時、ロイター通信やタイムズなど主要メディアが集結していた。
米国も情報戦面では英国の伝統を引き継いでいる。第1次大戦当時から通称「ブラック・チェンバー」と呼ばれる秘密情報収集機関を保有していた。その要員だったヤードレーが後に、日本大使館に侵入して情報を盗んだり、外交暗号を解読したりした手口を暴露している。
1921~22年のワシントン会議でも、日本の外交電報を解読し、戦艦保有比率を米国に有利なように決定するのに成功している。ヤードレーがこの事実を暴露した時、日本のメディアは「国際信義に背く米国の奸悪手段」と非難したが、後の祭りだった。遺憾ながら、これを教訓に他の主要諸国のような情報管理能力保有の必要性を認識することはなかった。
現在のような多極化世界では、同盟、友好国であっても自国にとって不利な行動を取ることもあるので、これを防ぐためにその動向を知っておくことは重要である。あるいは、特定問題で自国に有利な政策を取るよう誘導するためにも、他国政府の意向を前もって知っておくことも肝要だ。
日本も他国と同様に
独仏は米国の通信傍受に抗議したが、両国とも米英や日本など主要国政府の通信情報を収集しているとみられている。米国の行動を非難、警戒するだけでなく、これを機会に他国と同様に「知恵の戦い」のための能力を保有すべきである。
(8月18日付社)