水銀による被害を繰り返すな


 水俣病の原因となった水銀の使用量を世界規模で削減する「水俣条約」が採択され、87カ国・地域が署名した。  条約の名称は「水俣病と同様の公害を二度と繰り返さない」との日本政府の提案を受け決まったものだ。水俣病を教訓に、日本は先頭に立って水銀による環境汚染や健康被害を防がなければならない。

途上国では依然深刻

 日本では対策が進んだが、途上国では水銀被害は依然として深刻だ。  水俣病は工場排水中のメチル水銀化合物に汚染された魚介類を住民が食べたことで生じた。患者は手足の感覚障害や運動失調、視野狭窄、聴力障害などで今も苦しんでいる。

 国連環境計画(UNEP)によれば、大気に排出された水銀は2010年に1960トンに上り、アジアからが49%、アフリカが17%、中南米が15%を占めている。

 金を製錬する際に金鉱石の粉末に加えた水銀を蒸発させる小規模な金採掘において需要が最も多いとされ、11年の使用量は推定1400トン。1000万~1500万人が気化した水銀を吸い込んで健康被害を受ける恐れがあるとしている。

 中国でもアセトアルデヒドなどの製造工程での水銀利用が汚染を引き起こしている。富士山頂では今年8月、全国平均を上回る水銀濃度が測定されたが、中国からの越境汚染とみられている。

 水銀被害は国境を超える。こうした状況を改善するため、日本の果たすべき役割は大きいと言えよう。

 条約採択のための外交会議は水俣病が発生した熊本で開かれ、141カ国・地域から首脳、閣僚を含む政府関係者ら約1000人が出席した。条約では、輸出入できる水銀の用途を研究目的などに限定することで不適切な利用に歯止めを掛けた。

 また、水銀使用の電池や体温計などの製造・輸出入は20年までに原則禁止する。水銀鉱山の新規開発禁止や、発効から15年後に既存鉱山での採掘も禁じることを盛り込んだ。

 一方、貧困層の生活を支える金採掘は禁止せず、水銀の排出削減に努めるよう求めた。途上国には、水銀を回収する技術やノウハウを提供することも定めている。各国内での法整備を経て、条約は16年に発効する見通しだ。

 安倍晋三首相は、途上国の環境汚染対策として14年からの3年間で総額20億ドルの支援を行う意向を表明した。今後も、水銀被害根絶に向け実効性ある対策が求められる。

 日本では国内で使われる水銀の量はわずかだが、電池などのリサイクルの過程で回収されるほか、金属精錬過程や、火力発電での石炭燃焼時に発生する。このため水銀が余り、年平均100トンを輸出している。

 しかし、条約発効後は国内で安全に管理しなければならない。そのための知恵を絞る必要がある。

対策の重要性訴えよ

 水俣病を経験した日本は、水銀被害の恐ろしさと対策の重要性を引き続き訴えていかなければならない。

(10月14日付社説)