対北制裁解除、拉致解決に向かうか危惧する


 政府は、北朝鮮に対し日本が独自に科している経済制裁の一部解除を決定した。

 安倍晋三首相は北京で開催された北朝鮮との外務省局長級協議について報告を受け、日本人拉致被害者の安否再調査のために北朝鮮が近く設置する「特別調査委員会」に一定の実効性があると判断した。

 不透明な再調査の行方

 解除されるのは、人的往来の規制措置、送金などに関する規制措置、人道目的の北朝鮮籍船舶の入港禁止措置の三つだ。

 政府関係者は同調査委について①かなり大規模な体制②責任者が金正恩第1書記に近く、あらゆる組織への指示が出せる人物③政権の中枢組織である国防委員会や拉致被害者を管理しているとされる国家安全保衛部のメンバーが加わる方向――の諸点から、今回の再調査が拉致問題の進展や真相究明につながる可能性が高いとの判断を下し、制裁解除に踏み切ったようだ。

 だが、懸念が残る。「拉致は解決済み」と言い張ってきた従来の姿勢を北朝鮮が改めたのは一歩前進だとしても、調査委で果たして日本側を満足させるような報告がなされるかどうかは全く不透明であるからだ。

 北朝鮮は国連をはじめ国際社会から制裁を受け、経済的に追い込まれている。このため日本側の制裁解除を狙い、調査委を“特別仕立て”のものにして「誠意」や「やる気」を強調しただけかもしれない。

 対北制裁解除に関して留意すべきは米韓両国との関係だ。韓国の尹炳世外相は国会答弁で、拉致問題解決に向けた日朝接近が日米韓の協調に影響を与えるとの見方を示した。菅義偉官房長官は「全く当たらない」と否定したが、米韓との情報交換と理解を求める努力が必要だ。

 5月のストックホルムでの日朝協議の合意文書についても問題点が指摘されている。文書では、日本人生存者が発見された場合は「帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じる」とされている。

 被害者が北朝鮮に残るか日本に帰るかについて、北朝鮮で日朝が話し合うとも読み取れる。中山恭子元拉致問題担当相は「被害者は北朝鮮の中で『日本に帰りたい』という言葉を口にすることは決してできないということをしっかり認識しないといけない」と話している。

 拉致問題は優れて日本の国家主権の侵害問題である。日本は絶えず拉致の非人道性、違法性を国際社会に訴え、正確な再調査と全被害者の帰国が実現するよう全力投球する必要がある。

 北朝鮮は核兵器開発を続け、核実験やミサイル発射で国際社会に脅威を与えている。北京での日朝協議の前にも短距離弾道ミサイルを日本海上に発射した。最近は唇歯の間柄とされてきた中国との関係もぎくしゃくしていると伝えられる。

 対米韓への悪影響も懸念

 このため、北朝鮮は国際包囲網打破へ日本への“微笑外交”を展開している。この時点でのわが国の経済制裁の解除は、北朝鮮を元気づけ、包囲網をほころばせる結果となる。時宜にかなわぬ制裁解除は対米、対韓関係にも悪影響をもたらすことを認識すべきだ。

(7月4日付社説)