臨床データ改竄、研究の透明性向上が不可欠
製薬大手ノバルティスファーマの高血圧治療薬ディオバン(一般名バルサルタン)をめぐる臨床研究データ改竄(かいざん)事件は、同社元社員が薬事法違反(誇大広告)容疑で東京地検特捜部に逮捕される事態となった。
再発防止には事件の全容解明とともに、臨床研究の透明性を高めることが不可欠だ。
製薬大手元社員を逮捕
元社員は京都府立医大が実施した臨床試験で、ディオバンを使っていない患者の脳卒中の発症数を水増しするなどしたデータを大学研究者側に提供し、論文に記載させた疑いが持たれている。
このほか東京慈恵会医大など4大学の研究にも関与し、いずれの大学もディオバンが他の高血圧薬に比べて優れているとの論文を発表した。
同社は各大学の論文を使って宣伝し、ディオバンは2000年の発売から累計売り上げ1兆2000億円を超す国内有数の大ヒット薬となった。しかし、論文に対しては「あまりにもノバルティス側に都合の良いデータが並んでいる」などと指摘されていた。
改竄されたデータによって売り上げが伸びたのであれば、日本の臨床研究の信頼を大きく損なうものだと言える。元社員は容疑を否認しているとされるが、特捜部には事件の徹底解明を求めたい。
捜査の焦点は、当時の同社上層部と大学研究者側が改竄を認識していたかどうかだ。同社は関与を否定しているものの、元社員が単独でデータを操作してもメリットはないとみられ、同社が元社員の行動を把握していた可能性は高い。研究者が改竄を全く知らなかったというのも考えにくいことだ。
論文を発表した5大学には、同社から02年以降の11年間で計約11億3000万円が寄付されていた。事件の背景には、論文で広告の権威付けをしたい製薬会社と寄付金を得たい大学のもたれ合いの構造がある。産学の馴れ合いによって、研究の公正さが置き去りにされたとすれば言語道断だ。
同社に関しては、東京大病院などが行った白血病治療薬の臨床研究に社員が関与していたことも問題となった。この研究に関しては、社員が患者の重い副作用の情報を知りながら国に報告しなかったことも明らかとなっている。
医薬品を承認するために行う治験以外の臨床研究には、国の倫理指針があるだけで法的な規制はない。このため、厚生労働省は法整備を検討中だ。
また、厚労省と文部科学省はデータの長期保存や第三者の監査を義務付ける新たな倫理指針案をまとめた。製薬企業72社でつくる日本製薬工業協会も、自社の医薬品に関する臨床研究に使途を明示しない資金を提供せず、データ解析などに社員を関与させない方針を決めている。
実効性ある不正対策を
医療関係者は患者の利益を第一に考えなければならない。臨床研究も患者のために行われるものだ。
不正防止に向け、実効性のある対策が求められる。関係者は臨床研究の信頼回復に全力を挙げるべきだ。
(6月16日付社説)