漫画と原発、風評被害が生じかねない


 小学館の週刊誌「ビッグコミックスピリッツ」に掲載された漫画「美味(おい)しんぼ」で、東京電力福島第1原子力発電所を訪れた主人公が鼻血を出す場面などが描かれたことが問題となっている。

 こうした表現は、微量の放射線の影響で体調が悪化するとの誤解を読者に与えかねない。風評被害が生じる恐れもある。

 主人公が鼻血出す場面も

 漫画では主人公の新聞記者らが福島第1原発を取材した後、鼻血が出たり、ひどい疲労感に襲われたりする場面が描かれている。また、地元の福島県双葉町の前町長が実名で登場して「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語っている。

 被曝(ひばく)による疲労感や鼻血は、高い線量の放射線を浴びた場合に生じる「確定的影響」の一つとされている。少なくとも1000㍉シーベルト以上でなければ鼻血は出ないという。

 原子放射線の影響に関する国連科学委員会は4月に公表した報告書の中で、福島第1原発事故に関して「確定的影響は認められない」としている。福島県が実施している県民健康調査でも「放射線による健康影響があるとは考えにくい」とされており、鼻血が出るほどの被曝をした住民は確認されていない。

 漫画の中には主人公を診察した医師が「福島の放射線とこの鼻血とは関連づける医学的知見がありません」と話す場面もあり、鼻血を放射線の影響によるものだと断定しているわけではない。とはいえ、読者に誤解を与えかねない表現であることは確かだ。

 これに関連し、双葉町は小学館に抗議文を送付した。作品の内容が「風評被害を生じさせ、町民のみならず福島県民への差別を助長させる」と危惧を表明している。

 「美味しんぼ」は30年以上連載が続いており、単行本の累計発行部数は1億2000万部に達する人気漫画だ。それだけに影響は大きいと言えよう。双葉町役場には、県外から「福島県産の農産物は買えない」「福島方面への旅行は中止したい」などの声が電話で寄せられているという。地元が懸念を示すのも無理はない。

 今回の表現には配慮が欠けていたと言わざるを得ない。石原伸晃環境相は「その描写が何を意図して、何を訴えようとしているのか、私には全く理解できない」とした上で、風評被害を引き起こすことがあってはならないとの考えを示した。

 環境省は「事故の放射線被曝が原因で、住民に鼻血が多発しているとは考えられない」とする文書をホームページに掲載した。漫画によって生じた不安を解消する必要がある。

 官民挙げて福島支えたい

 福島はこれまでも農林水産物の風評被害で苦しんできた。原発事故発生から3年が経過したが、産業へのダメージはいまだに深刻だ。今月には原発で汚染前の地下水の海への放出が始まる見通しで、新たな被害を懸念する漁業者は少なくない。

 政府には風評被害を払拭(ふっしょく)するため、情報発信に一層の工夫が求められる。復興を着実に進める上でも、官民挙げて福島を支えていきたい。

(5月10日付社説)