捜査の可視化、「自白」の意義も忘れるな


 警察と検察の取り調べの可視化を進め、時代に合った捜査手法を導入する―。法制審議会の部会は、新たな刑事司法制度の試案を示した。冤罪(えんざい)を防ぎ、犯罪の多様・複雑化に対応するために不可欠な改革だ。だが、可視化の副作用や自白の意義を軽視し、治安を損なってはならない。慎重な議論が必要だ。

 更生への重要なプロセス

 取り調べや捜査手法についての制度改革は時代の要請と言ってよい。一つは捜査官が事件の解決を急ぐあまりに自白を強要したり、誘導したりして冤罪を招く事件が相次いでいるからで、不適切な取り調べをなくすためだ。取り調べの過程を録音・録画し、公判で正しい判断が下せるようにしておく。

 もう一つは犯罪の国際化や組織化、IT化に対応するためだ。通信傍受を薬物や銃器犯罪などに限らず、組織的な殺人や窃盗、詐欺にも拡大する。また容疑者らを捜査に協力させ刑を軽くする司法取引も採用する。

 これらの改革案はいずれも必要なものだが、どのような事件で、どの範囲で採用するかは慎重に検討されるべきだ。例えば、全事件の可視化が必要なのか、可視化によって容疑者が自白をためらい、事件の真相解明に支障を来さないか、現実を見据えて論議を進めていくべきだ。

 また、司法取引によって被害者の感情を無視することになったり、容疑者の贖罪(しょくざい)意識を失わせ、更生を妨げたりすることになりはしないか。あるいは過度な通信傍受で人権が損なわれる事態が生じないか。さまざまな角度から詰めてもらいたい。

 こうした論議で懸念されるのは、自白を促すことを否定的に捉え、その意義を軽視する傾向があることだ。かつて科学技術が伴わず、自白によってでしか事件の真相に迫れない時代があり、過去の手法のように思われがちだが、今も自白は真実を明らかにする重要な役割を担っている。

 取調官が容疑者と心を通わせ、反省や悔悟の気持ちを抱かせ自供に至らせて事件を解決するケースは少なくない。地下鉄サリン事件では元幹部、林郁夫服役囚の全面自供で、全容が解明された。

 自白は犯人にとっても罪と向き合い、更生への意欲を抱く重要なプロセスだ。受刑者の仮釈放の要件の一つに「悔悟の情および改善更生の意欲」があるが、取り調べ段階の自白はそうした第一歩となるばかりか、再犯防止にも必要なことだ。

 わが国の刑事司法が長年、自白を重視してきたのはこうした理由からだ。にもかかわらず、可視化を通じて自白を促すことに躊躇(ちゅうちょ)する取調官が増えれば、治安の維持に問題が生じかねない。近年、再犯率が高いのは安易な自白否定論と関係ないのか、気になるところだ。

 治安の全体を見据えよ

 刑事司法改革には、欧米諸国が採用している容疑者のDNA強制採取や性犯罪者の薬物治療・衛星利用測位システム(GPS)装置携帯の義務化、児童ポルノの単純所持禁止など取り組むべき課題は他にも少なくない。

 木を見て森を見ない状態に陥らず、治安の全体を見据えて論議を進めてもらいたい。

(5月6日付社説)