サイバー攻撃 急がれる対処能力の強化
米国南部テキサス州からニューヨークなど東部にガソリンやジェット燃料を供給するコロニアル・パイプラインがサイバー攻撃を受け、稼働停止に追い込まれた。ロシアのハッカー集団による犯行と米連邦捜査局(FBI)は発表したが、大企業や政府機関に対するサイバー攻撃は各国で多発している。
中露朝が攻撃重ねる
犯行は個人や民間の専門家集団にとどまらず、国家が関与する事例も増えている。特に北朝鮮やロシア、中国などは大規模なサイバー部隊を整備し、自由主義諸国への攻撃を重ねている。北朝鮮は外貨不足を補うための金銭窃取を狙った攻撃が多いが、ロシアや中国は相手国の軍隊や政府機能の低下、社会の攪乱(かくらん)、先端技術の窃取など政治・軍事目的での攻撃が多い。
中国は「破壊力を伴わない戦争」としてサイバー攻撃を重視している。ロシアもウクライナへの軍事介入の際にサイバー戦を実施するなど、伝統的な軍事手段と非軍事手段を組み合わせた「ハイブリッド戦」の能力を強化している。
わが国でも三菱重工や三菱電機、日本年金機構などがサイバー攻撃を受け、個人情報や技術の窃取などの被害が相次いでいる。しかし、企業も国もサイバー攻撃への対策は遅れている。
このため、政府は今秋を目途に今後3年間の新たなサイバーセキュリティー戦略の策定に動き出した。9月に発足するデジタル庁と連携して「自由、公正かつ安全なサイバー空間を確保する」ことや、重要インフラ保護のための官民協力の強化、同盟国との連携などの方針が示されている。
また中国やロシアの関与が疑われる攻撃の増加により、安全保障の観点からの防衛体制強化が必要との認識が示された。サイバーセキュリティー戦略の策定に当たっても、犯罪対策の視点にとどまらず国防政策としての取り組みが必要である。
自衛隊には2014年にサイバー防衛隊が新設されたが、その任務は自衛隊へのサイバー攻撃に対する「防御」に限られている。物理的破壊を伴わないサイバー攻撃は武力攻撃事態と認められず、また専守防衛を旨とするため自衛隊によるサイバー攻撃の実施は封印されている。
しかし「サイバー攻撃ではあっても物理的手段による攻撃と同様の深刻な被害が発生し、組織的、計画的に行われていると判断される場合、武力攻撃にあたり得る」(岩屋毅元防衛相)との解釈も示されている。国家や社会に致命的な打撃を与えるサイバー攻撃には自衛権の発動を認め、サイバーでの反撃や先制攻撃、必要な場合は武力での反撃も選択肢に含めるべきだ。
技術、情報の窃取を防げ
新型コロナウイルス禍による社会の混乱に乗じ、サイバー攻撃が仕掛けられる危険性は高まっている。米国での事件を対岸の火事と見過ごさず、企業の活動や社会秩序、政治中枢を守り国家の安全保障を盤石ならしめるとともに、わが国が誇る最先端技術や軍事技術・情報の窃取を防ぎ、中国の軍事・技術覇権を阻止するためにも、国を挙げたサイバー防衛力の整備強化が急がれる。