ALS嘱託殺人 生命の尊厳踏みにじった医師


 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の女性からの依頼で、薬物を投与して殺害したとして医師2人が嘱託殺人容疑で逮捕された。生命の尊厳を踏みにじった愚かな行為だと言わざるを得ない。

女性を薬物で死亡させる

 2人の容疑者は昨年11月末、女性から依頼を受け、京都市内の女性の自宅マンションで薬物を投与し、急性薬物中毒で死亡させた疑いが持たれている。

 ALSは体を動かすための神経に異常が生じ、全身の筋肉が動かせなくなる難病だ。女性は生前、ツイッターやブログに「安楽死」を望む投稿を重ね、進行する病状への不安やいら立ちをつづっていた。

 女性が深い苦悩を抱えていたことには心から同情する。しかし、今回の事件を安楽死の議論に結び付けることは早計だ。

 安楽死が認められる4要件は①耐え難い肉体的苦痛②死が避けられず死期が迫っている③肉体的苦痛を除去・緩和する他の方法がない④患者の明らかな意思表示――である。

 女性は24時間介護を受けていたが、死期が迫っていたわけではなかった。また過去の安楽死をめぐる事件では、いずれも患者の主治医が病室で行為に及んでいた。これに対し、今回の事件の容疑者は2人とも女性の主治医ではなかった。2人は女性とインターネット交流サイト(SNS)で知り合い、面識はなかったとみられる。

 容疑者の一人は「難病で『日々生きていることすら苦痛だ』という方には、一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」とブログに書いていた。安楽死を求めていた女性には「コナンや金田一どころではない計画が必要」などと持ち掛けていた。

 このような人命軽視の医師が存在するかと思うと慄然(りつぜん)とさせられる。しかも、女性からは高額の報酬が支払われていた。金目当ての犯罪だと断じるしかない。もう一人の容疑者は医師免許を不正に取得した疑いがあるという。

 日本医師会の中川俊男会長は今回の事件について「患者さんから『死なせてほしい』と要請があったとしても、生命を終わらせる行為は医療ではない」と強調。「患者さんがなぜそのように思ったのか、苦痛に寄り添い、ともに考えることが医師の役割だ」と述べた。2人の容疑者の行為はあまりにも愚かであり、安楽死をめぐる真剣な議論とは無縁のものだ。

 安楽死については世界各地で議論が続いている。欧州ではオランダとベルギーが2002年、ルクセンブルクが09年に安楽死を合法化した。フランスのように死期の迫った患者が延命を拒否する権利を事実上認め、スイスのように手続きに沿えば自殺幇助(ほうじょ)を容認する国もある。それでも、患者の遺族らが医師を相手に訴訟を起こすことも少なくない。

一人一人の尊さ尊重を

 安楽死をめぐる見解が分かれるのも、それだけ一人一人の生命が尊いからである。

 医師の治療も、患者の生命の尊厳を尊重することが大前提である。誤った信念で生命を奪うなど言語道断だ。