幼児教育無償化の課題 親の子育て力も高めよ

欠落している質の議論

 政府は昨年12月8日、「人づくり革命」と「生産性革命」を実現するための2兆円規模の政策パッケージを閣議決定した。「人づくり革命」として幼児教育では、2020年度までに3~5歳児の幼稚園、認可保育園、認定こども園の費用を無償化する。0~2歳児は当面は住民税非課税世帯を対象とし、認可外の対象範囲については先送りとなった。

 財源の問題はもちろんのこと、「高所得者ほど無償化の恩恵を受ける」「家庭保育を選択した人には恩恵がない」など、不公平感は否めない。無償化で逆に格差が拡大し、さらに保育需要が喚起されるとなれば待機児童解消にも寄与しない。政策的には問題が大きい。

 最も危惧する所は「人づくり」を掲げながら、教育の質の議論がないことである。確かに子育て世帯の負担軽減になるが、それが質の向上につながるのかどうか。

 そもそも幼児教育の無償化は、米シカゴ大学のジェームズ・J・ヘックマン氏が就学前の教育投資の効果を実証したことから、主要先進国で無償化が広がった。日本では2009年頃、文部科学省で幼児教育無償化の検討が始まり、当初は5歳児対象で考えていた。つまり5歳児を義務教育化するということであって、保育の無償化ではなかった。それが政府の目玉政策となり、いつの間にか無償化の対象が保育園まで広がり、認可外をどうするかで議論が混乱した。

 今回、幼児教育無償化が具体的に打ち出されたわけだが、無償化すれば子供がよく育つという話ではない。ヘックマン氏は著書『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)のなかで、「貴重なのは金ではなく、愛情と子育ての力なのだ」と、家庭教育の重要性を強調している。

 氏が着目したのは、非認知能力を育む乳幼児期の重要性であり、その時期の教育投資の有効性である。非認知能力とは、意欲、忍耐力、他人との協働に必要な社会情緒的能力をさす。総合的な生きる力と言ってもいい。それが後に大学進学率、賃金、就労、健康、犯罪率などに大きな影響を与えるということだ。

 子供の非認知能力を育むにはどういう環境で、どういう教育プログラムが有効なのか。日本では科学的根拠(エビデンス)に基づいた幼児教育の研究、議論が進んでいるわけではない。

親子の時間が要る教育

 近年、先進国の保育政策の課題はエビデンスに基づいた「質」の向上が中心テーマになっている。子供の愛着形成を重要視し、乳児期はできるだけ一対一の家庭的環境で過ごせるよう、0歳児は家庭保育が一般的である。既に無償化を導入している国をみると、保育時間に上限を設けている。ニュージーランドは1日6時間、週20時間を上限としている。親の保育参画、親の子育ての時間を保障することが、幼児教育の質を高めるという考えに基づいているからだ。オーストラリアでは、長時間保育は子供の発達上好ましくないと、18時前の閉所を保育所認可の条件としている。

 日本は長時間保育が常態化している。無償化となれば、子供を預けて働いた方が「得」「楽」と考える親が増え、保育需要が喚起される。その結果、親が自分で育てようという意識が損なわれ、親の子育ての時間が保障されなくなれば、投資効果は期待できない。

 「人づくり」を掲げるならば、まず0歳児保育や長時間保育の是正、保育士の待遇改善など、保育環境と保育士の質を高める政策が優先されなければならない。そして一律無償化ではなく対象を絞りこみ、親の子育て力を高める親教育にもっと公費を投入すべきであろう。