不安を煽る反原発派、漫画「美味しんぼ」騒動の教訓

作者も左派の「協力者」

 鼻血が出る人が増えているなど、東京電力福島第1原発事故の健康への影響に関する描写が問題となった漫画「美味しんぼ」(週刊「ビッグコミックスピリッツ」=作・雁屋哲=現在は休載)に対して、マスコミで賛否両論が巻き起こった時、「3・11」から半年後に福島市で行われた国際会議の一場面を思い出した。

 原発事故の健康への影響を検討する会場には、国内外から放射線医療や放射線防護学の専門家が集まっていた。年間20㍉シーベルト以下の被曝(ひばく)量における健康リスクは低く、子供でも心配する必要はないという専門家の説明が続いたあと、会場にいた小児科医から次のような質問が出た。

 「私たちがいくら健康への影響はありませんと説明しても、不安に思っている人を理解させるのは難しい。具体的にどうしたらいいのか」

 これに対して、専門家からは一般人を納得させる分かりやすい説明方法が提示されることはなかった。休憩時間に入ってロビーに出ると、専門家たちの雑談の中からはこんな声が漏れ聞こえてきた。

 「『健康リスクは低い』と言うと、逆に袋だたきにあうのが現状だ。納得させるなんて無理」

 この会話の意味するところは、次のようなものだ。原発事故から半年余りの時点では、“放射能ヒステリー”に陥っている一般市民に、原発事故による被曝を冷静に受け止めることを求めるのは無理な話。そこに反原発運動を盛り上げようという左派の活動が重なって、市民の不安はさらに強まる状況が生まれていたということだ。あれから3年以上も経過して起きた美味しんぼ騒動で改めて明確となったのは、反原発派が放射能への不安を煽(あお)り、それを利用する構図がいまだに続いているという、原発をめぐる日本の歪(ゆが)んだ現実である。

 美味しんぼ騒動に絡んで、このことを指摘しているのが経済・環境ジャーナリストの石井孝明である。論考(「『美味しんぼ』鼻血デマの実害」)「WiLL」7月号で、石井は「注意すべきなのは、意図的に危険を強調する反原発派の人がいることだ。原発の是非の主張と、いま起きている放射能のリスク評価の問題はまったく別である。前者は自由に語ればいい。それなのに、人々の不安につけ込んで後者を強調して前者を語る政治勢力がある」と分析する。

 その上で、「左派勢力は揃って原発に否定的だ。社民党、共産党などの少数政党は、危険を強調して、自分たちの政治的な立場を強めようという意図が垣間見える。そして、雁屋氏はこうした政治勢力の協力者の1人である」と断言する。

 意図的かどうかは別にしろ、原発の是非と放射能リスクを関連づけることの誤りを指摘する声は、原発に反対する側にもいる。「ビッグコミックスピリッツ」編集部は「美味しんぼ」の「福島の真実」に対して多くの批判を受けたことから、その最終話で、作品に対する有識者の意見を、賛否両論併記という形で掲載した。

 その1人、作家の玄侑宗久は「原発には私も反対です」としながら、「私は今回の問題(原発事故の問題)でいちばん困るのは、原発の是非と放射能の問題をイッショクタにして捉える人々だと感じています」と書いている。

 さらに、「ちなみに私も震災以後、忙殺されていましたが、鼻血は出ませんでした。檀家さんや知人友人にもそんな話を聞いたことはありません」と自身の体験を披露。その上で、「鼻血が放射能のせいだと思い込むまえに、足の小指の付け根より少し下の外側の窪みにお灸でもしてみてください。そこが鼻血に効くツボです」と親切心を見せるが、これは雁屋への痛烈な皮肉である。

 編集部が掲載した識者の意見では、「福島県内で被曝を原因とする鼻出血(鼻血)が起こることは絶対にありません」(野口邦和・日本大学歯学部准教授=放射線防護学)と断言する意見もあれば、「チェルノブイリでも福島でも鼻血の訴えは多いことが知られています」(津田敏秀・岡山大学教授=疫学、環境医学)と、雁屋擁護論もあった。

 福島で鼻血についての疫学的調査があれば、決着する論争だが、残念ながらその調査が行われていないのがネックとなっている。ただ、医師の山田真が編集部に寄せた意見の中で、2011年3月から11月に、福島、北海道、福岡の3地域の小学校1年生を対象に行った鼻血調査の結果をデータとして示した。それによると、鼻血を出した割合が最も高かったのは福岡で、最も低かったのが福島だった。

 放射能の低線量被曝が健康リスクの低いことについては、ジャーナリスの櫻井よしこの論考「除染亡国論」(「WiLL」6月号)を合わせて読むと、より理解しやすい。

 自分の信念や主張に添った事実や知見は受け入れるが、それに反するものは否定したり、軽視する傾向にあるのは人間の習性である。美味しんぼ騒動は、思い込みの激しい一部の科学者もその例外ではないことを浮き彫りにした。しかし、幸いなことは、過去3年の間に放射能リスクについての国民の知識がかなり深まり、「『美味しんぼ』に代表される『無責任』かつ『誤った』情報を、日本国民の多くは明確に拒絶した」(石井)ことである。

 編集委員 森田 清策