中国共産党の本質を直視させるニューズウィーク日本版の香港デモ特集
◆異なる視点の4筆者
単なる輸出管理上の問題が、アジア太平洋の安全保障問題にまで発展した日韓の対立。両国メディアは連日この話題で持ち切りだ。しかし、世界に目を向ければ、もっと“ヤバい”ことがこのアジアで起きている。香港デモである。これに比べれば日韓は子犬がじゃれて甘●(あまが)みしている程度に見える。
ニューズウィーク日本版(8月27日号)が特集「香港の出口」を載せた。米戦略国際問題研究所(CSIS)のジュード・ブランシェット、同誌編集長の長岡義博、米クレアモント・マッケンナ大学教授のミンシン・ペイ、ジャーナリストのヒルトン・イップが書いている。筆者ごとに米国、日本、香港のそれぞれの視点の違いが出ていて興味深い。
香港では「逃亡犯条例改正案」をめぐって反対運動が起こり、街頭デモ、空港占拠などが繰り広げられている。アジアの金融センターをまひさせる「デモ隊は暴徒か英雄か」の議論も起こった。これに対して香港当局は警察を投入、暴力的な取り締まりには世界から批判も。デモ隊の中には当局側の「工作員」が紛れ込み、騒動をけし掛けて、デモ隊を「テロ」分子にして、市民と分離させようとの工作も感知される。一方、中国は近接する広東省深★に「人民武装警察」を集結させ、「大規模な演習」をこれ見よがしに公開して、圧力をかけている。
2カ月経(た)っても解決しない香港情勢は、1989年の天安門事件のような結末を迎えるのか。もし武装警察が投入されれば、中国は国際的非難と経済制裁を受け、世界経済は深刻な影響を受けるため、世界は固唾(かたず)をのんで香港情勢の行方を見守っている。
◆最後は力に頼る中国
現在、最も関心が寄せられているのは「中国は武力介入するのか」だ。ブランシェットは、「本当に追い込まれたら彼ら(中国)は暴力に頼る」と言い切る。「第2の天安門事件」のそしりを免れないから、中国も暴力的解決は望んでいない、という見方に対しては、「根本的な欠陥がある。中国共産党の思考回路、とりわけ56年のハンガリー動乱や68年のプラハの春、89年の天安門事件に関する彼らの解釈を見誤っている」と断じた。
つまり、中国はやるときは国際的非難などものともせずにやる、ということだ。「統治の正統性を揺るがすような事態は絶対に許せない」という北京の頭の中を理解しないといけない、という話である。
鄧小平は天安門に軍隊を投入したことに対して、だからこそ「もっと大きな惨事を回避できたと固く信じていた」。「今の共産党は体制存続のためなら何でもするという本能をむき出しにしようとしている」とブランシェットは予測している。「中道系」といわれる米シンクタンクにしてからが、このように共産党の本能を直視するという事例である。
編集長の長岡はデモ隊が「暴徒か英雄か」に焦点を当てた。テーマをこれに絞ったからなのか、共産党の本質や世界経済への影響などといった大きな視点がないのは物足りないが、香港島西環の路上からの現場ルポはそれなりに読ませた。
ミンシン・ペイは中国系の名前からして在米中国人(香港人?)だろうが、中国で「香港に対する完全な支配を主張する勢力が、指導部内で優勢になっている」と分析し、「一国二制度は正式に終わりを告げるだろう」と悲観的な見通しを示した。
しかし“香港の経済価値”を潰(つぶ)して「壊滅的な結果」を招くよりは、より「『まし』な選択肢」を選び、「抗議デモに譲歩」する可能性もあると正反対の見方もしている。“香港人”だからこその視点でもあろう。
◆「汚れ仕事」担う武警
ヒルトン・イップは人民解放軍香港駐屯部隊と武装警察隊の違いを説明し、ウイグルやチベットで「汚れ仕事」をこなす武装警察の実態を明らかにして、香港が向き合っている刃の恐ろしさを伝えている。さらに面白いのは「第3」の武力組織で、香港で使われる広東語を理解できない「紛れ込んだ」工作員だ。この不気味さは現場でなければ分からないだろう。
四者四様の香港情勢だが、ブランシェットの分析は現場からの距離がある分、香港の熱気に引きずられることなく中国共産党の本質を直視させている。武力鎮圧の可能性を見ながら生活する香港の緊張感が伝わってくる特集だ。(敬称略)
(岩崎 哲)
★=土へんに川 ●=口へんに齒





