中国企業による港湾開発に安全保障上の懸念を表明するイスラエル紙

◆スパイ活動の可能性

 イスラエル第2位の規模のハイファ港で、中国企業、上海国際港務グループ(SIPG)が開発・拡張工事を進めている。2021年の完成後は25年間にわたってSIPGが港の運営権を持つことになる。ハイファには、米海軍第6艦隊の艦艇が寄港することがあり、米国は中国によるスパイ活動の可能性があるとして、イスラエル政府に計画の見直しを求めている。

 中国政府が過半数の株式を保有するSIPGとイスラエルの間で開発計画が調印されたのは15年。イスラエル紙エルサレム・ポストは、イスラエルの経済的利益を考えれば、計画の撤回は困難と指摘する。

 イスラエルは中国との経済関係を深めており、現在は自由貿易協定の交渉も進められている。南部アシュドッドでも中国企業による港湾建設が計画されている。

 ところが、現在は、米国だけでなく、イスラエル国内の軍、情報機関からも安全保障上の懸念から、計画に反対の声が上がっている。「治安機関との調整が十分になされず、米艦艇のハイファ港の使用など、対米関係も十分に検討されなかった」と、経済先行で計画が進められたことの問題点を指摘する。

 付近にはイスラエル海軍の潜水艦基地があり、出入りする潜水艦や艦艇、さらには寄港した米艦艇へのスパイ活動が、両国軍によって懸念されている。さらにポスト紙は、中国人従業員が重要施設にアクセスできるようになり、導入された中国製ネットワーク機器でスパイ活動が行われることにも懸念を表明している。

◆経済と安保で利益も

 一方で、イスラエルの中国との経済関係の強化が、イスラエルの安全保障の強化に貢献する可能性もあるとポスト紙は指摘する。計画中止が無理なら「第三の道がある」ということのようだが、リスクもはらむ。

 中国は、シリア、レバノン、イランとの関係が深く、イスラエルにとって安全保障上の脅威であるこれらの国々への影響力を行使することによる「地政学的トレードオフ」によって、イスラエルは経済と安全保障で利益を得ることができるという見方だ。

 これについて中国側はポスト紙に、「中国がイスラエルのインフラに巨額の投資をすれば、中国の利益を損ねることへの懸念から、一部の組織はイスラエルへの攻撃を考え直すかもしれない」と指摘したという。

 一方でハイファ港の開発が、中東地域の開発に大きく貢献する可能性もある。アジア太平洋地域の外交・安全保障専門サイト「ディプロマット」は、ハイファ港開発への安全保障上の懸念を指摘しながらも、地域経済への貢献の可能性に期待を表明した。

 貨物の流通の増加によってイスラエル経済が潤うだけでなく、周辺諸国の鉄道網などの整備へ弾みが付く可能性があるからだ。アラブ諸国をも巻き込んだ経済圏構想「地中海・アラビア・湾岸国際回廊(MAGIC)」をイスラエル当局者は描いているという。

 ディプロマットによると、現在は、イスラエルから、隣国ヨルダン、サウジアラビアにかけての鉄道網は寸断されており、構想実現にはこれらをつなぐ必要が出てくる。イスラエル運輸省が構想を支援、欧米諸国からも歓迎されているが、一方で「一帯一路」構想を進める中国がこれに興味を示している。

◆強まる中国の影響力

 中国は、インド洋、アフリカなどへの経済的進出を着々と進めている。巨額の資金を貸し付ける中国の手法に欧米からは「債務のわな」との批判も上がる。しかし、資金、技術のない国々にとって、中国によるインフラ開発が国家の経済に具体的に貢献しているのも確かであり、内向き傾向を強め、対外援助の削減を進める米国が、中国の動きを止めるのは困難だろう。

 安全保障と経済の「トレードオフ」という危うい取引が持ち出されるほど、中東での中国の影響力は増している。

(本田隆文)