日本のソフトパワーのすごさを語った週刊プレイボーイの「追悼記事」

◆憎んで余りある凶悪

 放火殺人事件で35人が死亡した京都市伏見区のアニメ制作会社・京都アニメーション第1スタジオの焼け跡の前には、追悼のため海外のファンも多く訪れ、その献花台には英語の寄せ書きなどが供えられているという。日本のアニメ文化の影響力を改めて知らされる。今の50代以上の世代には信じられないようなことが起きている。

 放火殺人は憎んで余りある凶悪犯罪だが、事件の背景に、ここ20年来のアニメ文化の隆盛、それに伴うアニメ制作業界の伸張などがあるだろう。週刊プレイボーイ8月12日号の「京アニに祈りを。」と題した記事では、その辺の事情もうかがえる。

 日本アニメが海外に紹介されたのは100年ほど前だそうだが、近年、宮崎駿監督の「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」などがヒットし、世界に広く知られるようになった。わが国のアニメ業界の市場規模は、ここ20年ほどで急激に膨張し、同産業へ参入する企業は一挙に増加した。しかしアニメ完成までの数多くの工程を制作会社が分け合う形で発展し、それを担うのはほとんど小企業。過当競争のため、利益が薄くアルバイトが多いという。

 アニメ制作企業は大半が東京にあるが、1981年設立された京都アニメーションは、文字通り京都文化圏にある異色の存在で優秀な人材が集まってきた。しかも京アニは業界では珍しく“ホワイト企業”だった。

 「アニメーターの給料は月給十数万円といわれていますが、京アニの場合は30万円前後だそうです。ただし、入社するのは大変難しい。入れるのは才能のある人だけ。京アニのスタッフは、まさに“クールジャパンの至宝”だった」(元編集者のH氏)。知る人ぞ知るアニメ制作志望の若者たちのあこがれだった。

 「京アニはもともと、動画に色をつける『仕上げ』という工程を請け負う下請け会社でした。しかし00年初頭から元請け制作のアニメを量産。そこで同社が見せたのは、他者を圧倒する演出力、練られた脚本、作画の緻密さ、色彩設計の美しさでした。その質の高さは業界やファンの間で『京アニクオリティ』と呼ばれるほど」(同)だ。

◆日本アニメの牽引車

 アニメの舞台となった町や地域を観光する“聖地巡礼”の流行も、京アニ作品の影響が大きい。アニメ・特撮評論家の氷川竜介氏いわく、「07年制作の『らき☆すた』は埼玉県久喜市の鷲宮神社が登場することで知られており、ここには多くのファンが詰めかけ、聖地巡礼ブームを牽引。後に発表された『けいおん!』『Free!』『響け!ユーフォニアム』(15年)のモデルになった地域も観光スポットになっており、地方活性化に寄与しています。それまでのアニメファンは室内で作品を鑑賞するインドア志向でしたが、それをアウトドアに転換させるきっかけをつくったのが京アニだったのです」と。一般の経済活動では、人をいかに移動させるか、その動機付けに腐心するが、それをやすやすと実現させている。

 京アニは日本アニメの牽引(けんいん)車であり、アニメ制作の将来の企業スタイルを考える上で注目のモデル企業だった。放火大量殺人は、そんな中で起きた。犯行の動機解明はこれからだが、京アニへの逆恨み説なども上がっている。

◆犯人は「聖地」を熟知

 週刊新潮8月8日号「京アニ『35人爆殺犯』を死なせてはいけない」では、犯人の青葉真司容疑者(41)と京アニ作品との“接点”を挙げ、その中で、同容疑者が事件直前、京アニが制作した人気アニメの聖地とされる場所への巡礼を敢行していたという。

 「青葉はスマートフォンや地図なしで行動していたと見られています。それでも、入り組んだ場所にある『聖地』に辿りつけており、このアニメのことを熟知している可能性がある」と捜査関係者の話を載せている。若い多くの命が一瞬にして奪われた、この不条理の犯罪に慄然(りつぜん)とさせられる。

(片上晴彦)