NW誌「百田現象」特集で「普通の人」の声にやっと気付いた元毎日記者
◆なぜ売れるかを探る
「永遠の0」「日本国紀」などで知られる作家の百田尚樹。今やしばしばツイッターで“炎上”するような歯に衣(きぬ)着せぬ発言で人気を博し、本は売れ、映画化されればヒットし、保守系ネット番組で彼の声を聞かない日はないくらいだ。
小説は別にして、彼の言論活動のほとんどが「朝日新聞と中国と韓国を批判する」ことに費やされている。なぜその百田が売れるのだろうか。ニューズウィーク日本版(6月4日号)が「日本を席巻する『百田尚樹現象』」という特集を組んだ。「なぜ」に迫ろうというわけだ。
書いたのは毎日新聞出身のノンフィクションライターである石戸諭。「リベラルメディアに長年属し」「政治的な価値観や歴史観がかなり異なる」立場で百田に迫っている。記事は16㌻にわたり、一つの特集、それも一人の人物に焦点を当ててこれだけの分量を割くのはあまり見たことがない。
石戸は百田の著作全てと、雑誌等に発表された原稿・発言に目を通しただけでなく、百田を「右派論壇に結びつけた」月刊Hanada編集長の花田紀凱、ネット番組「虎ノ門ニュース」を制作するDHCテレビジョン社長の山田晃、出版社の幻冬舎社長の見城徹にもインタビューし、百田像、百田現象に迫った。もちろん、百田本人にも長時間話を聞いた。
石戸が会った百田は「気さくで、おもしろい」人物だった。「ツイッターから攻撃的な人物を想像していた私は正直、面くらっていた」と石戸は正直に吐露している。ネット等で見る百田は関西弁をしゃべり、冗談を連発する「大阪のおっちゃん」であるが、普段でもそのままだったことが彼を驚かせたのだ。逆にそれまで石戸は頭の中でどんな“怪物”を育てていたのだろうか。
◆既成メディアに対抗
結局、石戸は取材の過程で「ごく普通の人」を発見する。既成の権威である「朝日新聞」や地上波の大手メディアを見て、おもしろくないと感じている普通の人々の感覚を百田らは正直に出しているだけであることが分かってくるのだ。「彼らのメンタリティーに共通しているのは、自分たちはマイノリティーであり、権威に立ち向かっていくという意識である」と。
既に既成メディアは十分に権威であり、権力ですらある。平均の数倍もの年収を取っているTVアナウンサーやコメンテーターが「庶民の暮らしは大変です」と「庶民の味方」ぶって「正義」に立つ欺瞞(ぎまん)を「ごく普通の人」は見破っているのだ。その反映の一つが「百田現象」というわけだ。
そして石戸は次のように結論付けた。百田尚樹は「『ごく普通の感覚を忘れない人』であり、百田現象とは『ごく普通の人』の心情を熟知したベストセラー作家と、90年代から積み上がってきた『反権威主義』的な右派言説が結び付き、『ごく普通の人』の間で人気を獲得したもの」と。既存のリベラル権威に属していては見えなかった「普通の人々」にいまさらながらに気付いた、との告白になっていることを石戸は自覚しているのだろうか。これまでどれほど「普通の人」の声が拾えていなかったのか、という話になる。
◆リベラルの崩壊指摘
それは置くとして、もう一つ重要なことを著者は指摘している。リベラルの崩壊である。「数の上では少数派であるリベラルエリートたちは、彼ら(ごく普通の人)の怒りの根深さと、その広がりを捉えきれていなかった」と、アメリカのトランプ現象を引き合いに出して説明し、「百田現象から見えるのは、日本の分断の一側面であり、リベラルの『常識』がブレイクダウン―崩壊―しつつある現実である」と述べている。
政界を見れば明らかなように、日本でリベラル勢力が国民の支持を得られず「多弱」に甘んじてきた(否、安住してきた)年数の長さを考えれば、今頃になって気付いたとは遅過ぎはしないか。(敬称略)
(岩崎 哲)